法起寺(ほうきじ) 聖徳太子の遺言で岡本宮を改築したという伝承をもつ寺

法起寺遠景
法起寺遠景

【所在】奈良県生駒郡斑鳩町岡本1873
【宗派】聖徳宗
【本尊】十一面観音菩薩立像
【開基】山背大兄王
【アクセス】JR法隆寺駅より北東約2.5km


■「法起寺三重塔露盤銘」が語る創建の歴史
 法起寺は法隆寺の東北およそ1.5kmのところにある。岡本尼寺、岡本寺、池後寺(いけじりでら)、池後尼寺など様々な名前を持つ寺である。『日本書紀』は、606年(推古14)に聖徳太子が岡本宮で『法華経』を講説したと伝えるが、その岡本宮はこの地にあった。鎌倉時代に法隆寺の僧・顕真が著した『聖徳太子伝私記』は、「法起寺三重塔露盤銘」を引用して法起寺の創建について詳しく伝えている。

 銘文によれば、聖徳太子が逝去するとき、山背大兄王に遺言し岡本宮を寺とするよう命じたという。638年(舒明10)に、福亮(ふくりょう)僧正が金銅と中尊の弥勒像を作り、684年(天武14)には恵施(えせ)僧正が宝塔を建てることを発願した。露盤をあげて法起寺を完成したのは706年(慶雲3)のことである。
三重塔
法起寺の三重塔


■遺構の方位は若草伽藍、斑鳩宮遺跡と一致
 石田茂作氏らが行なった発掘調査の結果、塔と金堂を法隆寺とは逆の位置に配置した伽藍であることが判明し、「法起寺式伽藍配置」と命名された。創建当時の法起寺の伽藍は、現在の法起寺と方位を異にし、磁北より20度西に偏よっている。この方位は若草伽藍や斑鳩宮遺跡の方位と一致する。法起寺に先行する掘立柱遺構も発見されている。この遺構については、聖徳太子の岡本宮とする説や、膳氏の住宅跡であるとする説などが提起されている。


■現存の塔は法隆寺五重塔を参考に設計
 現在の法起寺で当初の建物として残っているのは三重塔だけである。この塔の建築様式を調べた結果、法隆寺の五重塔より新しく、法隆寺五重塔を参考に設計されたことが判明している。三重塔の初重の柱間の寸法は、法隆寺五重塔の初重に等しく、二重は法隆寺の三重と、また三重は法隆寺の五重と同じ寸法であるという。


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