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【所在】奈良県生駒郡斑鳩町東福寺 |
聖徳太子の愛馬を埋葬したとされる古墳駒塚古墳は、国道25号線沿いの平地にある前方後円古墳である。名称は聖徳太子の愛馬・黒駒を葬ったとの伝承に由来する。『聖徳太子伝暦』などの太子伝によると、598年(推古6)年に聖徳太子は諸国に善馬を求めた。黒駒は、献上された馬の中から選び出された甲斐の名馬だった。聖徳太子が死去したとき棺に寄り添い、皇子が墓に葬られるとともに息絶えたという。 斑鳩町教育委員会はこの古墳の発掘調査を行ってきたが、その結果を2002年5月に発表した。発掘の結果、墳形は前方後円墳であることが判明した。前方部が大きく削りとられているため正確な規模はわからないが、現存するものから考えて全長は49m以上あったと推測される。後円部直径は約34m、高さは約5.5m、前方部幅(推定)20m以上、高さ約2m、くびれ幅(推定)は14.5mというのが実測データである。 墳丘の段築は後円部、前方部共に2段築成になっていた。斜面から葺(ふき)石が出土している。しかし後円部では、墳丘上部の葺石がすべて転落していた。このため、盛土も流失してしまったと思われ、後円部が3段築成だった可能性も指摘されている。埴輪と土師器の破片など出土した遺物や、古墳の墳丘形態などから判断して、古墳が築造された時期は、4世紀後半ごろと推定される。したがって、黒駒のために作られた可能性は無くなった。聖徳太子の一族である上宮王家がこの地に移って来る前に、この一帯を治めていた平群氏の誰かが被葬者であろう、と推測する考古学者もいる。しかし、斑鳩町教育委員会は、「先に存在した古墳に黒駒を葬った可能性は残る」としている。 |
保存のため、斑鳩町が駒塚古墳と調子丸古墳の買い取りを決定新聞などの報道によると、斑鳩町は太子ゆかりの黒駒古墳と調子丸古墳の2基を保存目的で所有者の中宮寺から買い取ることを決め、2003年度一般会計の予算案に買収費を計上した。黒駒古墳の敷地は942平方メートル、調子丸古墳の敷地は211平方メートルで、買収費など6177万円であるという(2003/03/01記す)。 |