|
【墓名】小野妹子墓 |
小野妹子略記
|
遣隋使節の大使として抜擢された地方出身の青年
|
小野の妹子の子孫たち妹子の子に小野朝臣毛人(えみし)がいる。毛人の墓誌銘によれば、天武天皇に仕え、太政官兼刑部大卿大錦上で、677年(天武6)12月に葬られた。その毛人の子が、小野朝臣毛野である。『続日本紀』によると、毛野が死亡したのは714年(和銅7)4月で、死亡時期の位階は中納言従三位兼中務卿勳三等だった。毛野は妹子の直系の孫にあたる。遣隋使として活躍した祖父はおそらく一族の誇りだったに違いない。『日本書紀』の妹子に関する記述は、あるいは毛野から提出された資料を参考にしているかもしれない。 小野の妹子の一族は飛鳥時代から平安時代にかけて有為な人材を輩出した。 小野篁、小野道風も一族である。 歌人の小野小町も一族であるとの説もある。 |