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| 聖天院の雷門 (03/12/04 撮影) |
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【寺号】 高麗山聖天院勝楽寺 |
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王廟の右横に小さな池があり、その池を見下ろす山の斜面に土饅頭のような築山が築かれている。韓国の古代の王陵も似たような形をしているため、最初はこの築山が若光の墓かと勘違いした。後で住職に確認すると、築山は墓ではなく、庭園の一部として作られたとのことである。築山の近くにも、巨大な多重石塔が建っている。 |
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正確な言い方をすれば、中門を入って左手の奥に、木造阿弥陀如来座像を本尊として祀る阿弥陀堂がある。本堂移建にともなう跡地整備で、現在の場所に移設されてきた建物である。五間四尺四方の木造茅葺きの平屋で、宝永年間(1704 - 11)に檀主の金子六左衛門が寄進したという。さらに、正面の崖の上には、本堂の甍が顔を出している。本堂にたどり着くには、阿弥陀堂の横からかなり急な石段を何段も登らなければならない。
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石像の横に鐘楼がある。説明板によると、この寺には、国の重要文化財に指定された銅鐘がある。大檀那の比丘尼・信阿弥と平定澄朝臣が、鎌倉時代に関東各地に名鐘を残した物部季重に造らせて、文応2年(1262)に当寺に奉納したとされている。鐘の高さは81.2cm、口径45cmで、上帯に雲、下帯に唐草文が繊細に鋳出しされており、全体の姿も優美であるという。現在鐘楼に吊してある鐘は、もちろん国の重要文化財のそれとは異なる。機会があれば、いちど本物の銅鐘の音を聞いてみたいものだ。 銅鐘以外の文化財としては、応仁2年(1468)11月9日の銘がある鰐口(県指定有形文化財)と県指定有形文化財徳川将軍歴代寺領寄進状12通(県指定有形文化財)がある。 |
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この本堂に本尊として安置されているのは、天正8年(1580)に鎌倉仏師の大蔵法眼が彫り上げた寺宝の不動明王座像である。奈良時代当初は、本寺は若光の守護仏だった聖天仏を本尊として祀る法相宗の寺だった。以来600年間、法相宗の道場だったが、当寺の中興の開基とされる秀海の代に、真言宗に改宗したという。貞和年間(1345 -50)のことである。天正12年(1584)、圓真上人は不動明王座像(胎内仏弘法大師作)を本尊とし、聖天は別壇に配祀した。住職の話では、現在は秘仏扱いで開帳されていないとのことだ。
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日本の朝鮮支配36年間を象徴して、塔は36段階で造られていて、高さは16m。塔の下部は納骨堂になっている。石塔としては日本最大であるという。
1919年3月1日、ソウルのパゴダ公園(塔洞公園)でデモの集会が行われ、午後2時には公園は約5000人の学生・市民たちで埋め尽くされた。その中から一人の青年が公園の中心にある八角亭に現れた。彼は群集に向かって一枚の印刷物を読み上げた。独立宣言書だった。これをきっかけに、日本の植民地支配からの独立を求める大衆的な示威運動が朝鮮半島全土に広がった。いわゆる3.1独立運動である。韓国人にとって、バコダ公園の八角亭は記念すべき建物である。その八角亭を縮小した建物が、慰霊塔の左手前に建っている。韓国の同胞によって、韓国の建材を使用して施工された八角亭である。 |