![]() |
| 神橋と楼門 (2003/12/17 撮す) |
|
【所在】 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407 |
|
別伝もある。上に述べたように、第13代成務天皇のとき出雲族の兄多毛比(エタモヒ)という人物が、夭邪志国造(むさしのくにみやつこ)を拝命し、一族を引き連れてこの地に移住してきた。そのとき、一族の祖神を祀る杵築大社 (きずきのおおやしろ、出雲大社の前身)を出雲国からこの地に勧請して祀った。それが当社の始まりだという。氷川神社という神号については、出雲国の簸川(ひかわ:肥川、斐伊川)の川上にあった杵築大社を勧請したところから、その川の名前に因んで名付けられたとされている。
神社は7世紀後半に入ると官社制度の成立によって、律令国家の厚い保護を受けた有力な官社が諸社の中心的な存在になってくる。そうした時流にうまく乗ったのが、武蔵国造の保護を受けていた氷川神社だったのだろう。聖武天皇の時代に各国に一の宮の制を定めたとき、当社が「武蔵国一の宮」に定められたと、社伝は誇らしげに伝えている。また、『延喜式神名帳』では、当社は名神大社に列せられ、破格の月次新嘗の社格が与えられたとしている。そして、土御門天皇(在位 1198 - 1210)の時代に、正一位の神階が当社に授与された。文字通り武蔵の国全体でトップの地位を占めるようになったわけである。 鎌倉に武家政権が誕生すると、源頼朝は土肥次郎実平に命じて社殿の再建させ、社領三千貫を寄進した。治承4年(1180)のことである。頼朝以後も武門の信仰が篤く、執権北条氏、足利氏、小田原北条氏なども深く崇敬し、また徳川家も当社を尊仰したという。文禄5年(1595)、徳川家康は伊奈備前守忠次を奉行として、社頭を残らず造営させたという記録が残されている。
「氷川神社」の社名を有する神社は多い。その範囲は大宮を中心に埼玉県下、東京都下、神奈川県下に及び、その数は280社を数える。このことは夭邪志国造(むさしのくにみやつこ)に任じられた出雲系の豪族に奉られ、一族の勢力伸張とともに、 武蔵国を中心に各地に勧請されて、 広大な祭祀(さいし)圏を形成して来たことを意味するのだろう。 |
|
楼門をくぐって一歩中に入ると、そこは神域である。緑の連子窓をはめ込んだ塀が周囲を囲んでいる。巨大なクスノキに囲まれた舞殿が神域の中央に設けられている。祭神に舞いを奉納する建物である。舞殿の後ろに拝殿があり、社殿はその奥にあるが、拝殿の陰になっていてよく見えない。現在の社殿は昭和15年(1940)6月に建て替えられたもので、流造りである。拝殿の横に立って神域の様子をしばらく眺めていると、神前結婚式があったのか、参列者がゾロゾロ出てきた。
ところで、『官幣大社氷川神社志要』や『新編武蔵風土記稿』によれば、明治維新前までは、この三座の祭神は見沼周辺の別々の場所に祀られていたとされている。現在の大宮氷川神社は、もとはスサノオノミコトだけを祀る男体神社だった。イナダヒメノミコトはさいたま市宮本にある氷川女体神社に祀られていた。オオナムチノミコトはさいたま市中川にある中山神社(簸王子社(ひおうじしゃ)ともいう)に祀られていた。これら三柱の神を現在のように一つの社殿で祀るようになったのは、明治以降のことだ。
|
|
『国造本紀』の中に、志賀高穴穂朝(成務天皇)の御世に、出雲臣の祖、名は二井之宇迦諸忍之神狭命の十世孫、兄多毛比命を以って、无邪志国造に定め賜う、とある。この記述が史実を反映しているならば、出雲族のエタモヒが第13代成務天皇の時代に、无邪志国造として赴任してきたことになる。だが、『高橋氏文』では、第12代景行天皇が安房の浮島にあった行宮に行幸した際、武蔵国造の上祖・大多毛比と知々夫国造の上祖が、共にその地に参り奉仕したと記されている。この大多毛比がエタモヒと同一人とすれば、エタモヒはこの時までにすでに武蔵国に住んでいたことになる。 武蔵の国は広大だったため、大化の改新以前は、无邪志(むさし)、胸刺(む(な)さし)、知々夫(ちちぶ)の3つの地域に分けて、それぞれに国造が置かれた。无邪志の国は、北部の荒川流域を支配する国であり、その中心は、埼玉県の行田周辺の古代埼玉(さきたま)地方や、東松山市周辺の古代比企(ひき)地方だった。この地域には、6世紀になると埼玉古墳群の巨大古墳を築造されていて、有力豪族がいたことを証明している。 埼玉古墳群を築いた豪族がエタモヒの子孫たちであるなら、出雲系の氏族ということになるが、はたしてどうであろうか。ちなみに、奈良時代には氷川神社の祭祀は足立郡を地盤とした丈部(はせつかべ)氏が関与したとする説がある。丈部直不破麻呂は恵美押勝の乱の鎮圧で軍功をあげた人物であり、神護景雲元年(767)には丈部一族7名が武蔵宿禰の姓を朝廷から与えられると共に丈部不破麻呂が武蔵国造に任命され、氷川神社の祭祀権を認められている。 |