参考資料

 目 次


阿波の国二十三カ寺一覧

札所山号&寺号住所
本尊開基
1番竺和山 霊山寺徳島県大麻町板東126
電話 088 (689) 1111
釈迦如来行基
2番日照山 極楽寺徳島県鳴門市大麻町字檜ダンの上12
電話 088 (689) 1112 
阿弥陀如来行基
3番亀光山 金泉寺徳島県板野郡板野町大寺66
電話 0886(72)1087
釈迦如来行基
4番黒厳山 大日寺徳島県板野郡板野町黒谷5
電話 0886(72)1225
大日如来弘法大師
5番無尽山 地蔵寺徳島県板野郡板野町羅漢字林東5
電話 0886(72)4111
勝軍地蔵菩薩弘法大師
6番温泉山 安楽寺徳島県板野郡上板町引野寺の西北8
電話 0886(94)2046(代)
薬師如来弘法大師
7番光明山 十楽寺徳島県板野郡土成町高尾字法教田58
電話 0886(95)2150
阿弥陀如来弘法大師
8番普明山 熊谷寺徳島県板野郡土成町字前田185
電話 0886(95)2065
千手観世音菩薩弘法大師
9番正覚山 法輪寺徳島県板野郡土成町土成田中98−2
電話 0886(95)2080
涅槃釈迦如来弘法大師
10番得度山 切幡寺徳島県阿波郡市場町切幡字観音129
電話 08833 (6) 3010
千手観世音菩薩弘法大師
11番金剛山 藤井寺徳島県麻植郡鴨島町飯尾1225
電話 08832(4)2384
薬師如来弘法大師
12番摩盧山 焼山寺徳島県名西郡神山町下分字地中318
電話 0886(77)011
虚空蔵菩薩役行者小角
13番大栗山 大日寺徳島県徳島市一宮町西町376
電話 0886(44)0069
十一面観世音菩薩弘法大師
14番盛寿山 常楽寺徳島県徳島市国府町延命606
電話 0886(42)0471
弥勒菩薩弘法大師
15番法養山 国分寺徳島県徳島市国府町矢野718−1
電話 0886(42)0525
薬師如来行基
16番光耀山 観音寺徳島県徳島市国府町字観音寺49< 電話 0886(42)2375千手観世音菩薩弘法大師
17番瑠璃山 井戸寺徳島市田府町井戸80−1
電話 0886(42)1324 / (42)1961
七仏薬師如来天武天皇勅願
18番母養山 恩山寺徳島県小松島市田野町恩山寺谷41
電話 08853(2)1114
薬師如来行基
19番橋池山 立江寺徳島県小松島市立江町字若松13
電話 08853(7)1019(代)
延命地蔵菩薩行基
20番霊鷲山 鶴林寺徳島県勝浦郡勝浦町生名字鷲ケ尾14
電話 阿波勝浦 08854(2)3020
地蔵菩薩弘法大師
21番舎心山 太龍寺徳島県阿南市加茂町龍山2
電話 0884(62)2021
虚空蔵菩薩弘法大師
22番白水山 平等寺徳島県阿南市新野町秋山177
電話 0884(36)2023
薬師如来弘法大師
23番医王山 薬王寺徳島県海部郡日和佐町寺前285−1 電話 08847(7)0023薬師如来行基
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徳島県(阿波の国)『発心の道場』23札所

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御朱印、御本尊、&御詠歌

札所御朱印御本尊御詠歌
第一番札所
竺和山 霊山寺
御朱印
御本尊


りょうぜんの しゃかのみまえに めぐりきて
よろずのつみも きえうせにけり
第二番札所
日照山 極楽寺
御朱印
御本尊


ごくらくの みだのじょうどへ いきたくば
なむあみだぶつ くちぐせにせよ
第三番札所 
亀光山 金泉寺
御朱印
御本尊


ごくらくの たからのいけを おもへただ
こがねのいづみ すみたたへたる
第四番札所 
黒巌山 大日寺
御朱印
御本尊


ながむれば つきしろたえの よはなれや
ただくろたにに くろぞめのそで
第五番札所 
無尽山 地蔵寺
御朱印
御本尊


ろくどうの のうげのじぞう だいぼさつ
みちびきたまへ このよのちのよ
第六番札所 
温泉山 安楽寺
御朱印
御本尊


かりのよに ちぎょうあらそふ むやくなり
あんらくこくの しゅごをのぞめよ
第七番札所 
光明山 十楽寺
御朱印
御本尊


にんげんの はっくをはやく はなれなば
いたらんかたは くぼんじゅうらく
第八番札所 
普明山 熊谷寺
御朱印
御本尊


たきぎとり みづくまたにの てらにきて
なんぎょうするも のちのよのため
第九番札所 
正覚山 宝輪寺
御朱印
御本尊


だいじょうの ひほうもとがも ひるがへし
てんぼうりんの えんとこそきけ
第十番札所 
得度山 切幡寺
御朱印
御本尊


よくしんを ただひとすじに きりはたじ
のちのよまでの さはりとぞなる
第十一番札所 
金剛山 藤井寺 
御朱印
御本尊


いろもかも むひちゅうどうの ふじいでら
しんにょのなみの たたぬひもなし
第十二番札所  
摩廬山 焼山寺
御朱印
御本尊


のちのよを おもへばくぎゃう しょうさんじ
しでやさんづの なんじょありとも
第十三番札所  
大栗山 大日寺
御朱印
御本尊


あわのくに いちのみやとは ゆうだすき
かけてたのめや このよのちのよ
第十四番札所  
盛寿山 常楽寺
御朱印
御本尊


じゃうらくの きしにはいつか いたらまし
くぜいのふねに のりおくれずば
第十五番札所  
法養山 国分寺
御朱印
御本尊


うすくこく わけわけいろを そめぬれば
るてんしゃうしの あきのもみじは
第十六番札所  
光耀山 観音寺
御朱印
御本尊


わすれずも みちびきたまへ かんのんじ
さいほうせかい みだのじゃうどへ
第十七番札所  
瑠璃山 井戸寺
御朱印
御本尊


おもかげを うつしてみれば いどのみず
むすべばむねの あかやおちなむ
第十八番札所  
母養山 恩山寺
御朱印
御本尊


こをうめる そのちちははの おんざんじ
とぶらいがたき ことはあらじな
第十九番札所  
橋池山 立江寺
御朱印
御本尊


いつかさて にしのすまいの わがたちえ
くぜいのふねに のりていたらん
第二十番札所  
橋池山 鶴林寺所
御朱印
御本尊


しげりつる つるのはやしを しるべにて
だいしぞいます ぢぞうたいしゃく
第二十一番札所  
舎心山 太龍寺
御朱印
御本尊


たいりうの つねにすむぞや けにいはや
しゃしんもんぢは しゅごのためなり
第二十二番札所  
白水山 平等寺
御朱印
御本尊


びゃうどうに へだてのなきと きくときは
あらたのもしき ほとけとぞみる
第二十三番札所  
医王山 薬王寺
御朱印
御本尊


みなひとの やみぬるとしの やくおうじ
るりのくすりを あたえましませ
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装束と遍路用品


遍路用品 路用品としては、金剛杖、菅笠、白衣、輪袈裟、数珠、経本、納札(おさめふだ)、札夾み(ふだばさみ)、線香・ローソク、手甲(てこう)、脚絆(きゃはん)、持鈴(もちすず)、頭陀袋(ずだぶくろ)、納経帳、判衣(はんい)、納経掛軸などがある。

式揃えれば3万円前後はかかるが、すべての用品を揃える必要はない。初期装備としては次の8点を揃えればよく、後は必要に応じて買い足せばよい。これらの遍路用品は、霊山寺(りょうぜんじ)などの札所や門前の用品店で購入できる。またインターネットでも販売している。


 @ 金剛杖(こんごうづえ)

杉の直径2cm、長さ1.2mの杖。金剛杖には弘法大師が宿り、巡礼者を導いてくれるとされていて、お遍路の必需品である。大師の分身として大切に護持し、宿に着いたら大師の御足を洗うごとく杖の先を洗い床の間に立てる。大師が橋の下で一夜をすごしたことがあることから、それを尊び、橋の上では杖をつかない。

 A 菅笠(すげがさ)

日よけ、雨具として最適。つばが広く目深な使い勝手のよいものを選び、「同行二人」と住所氏名を書き入れる。靴をぬいで入室する場所以外は、笠をかぶったまま礼拝してもよい。

 B 白衣(はくえ) 

俗世を離れて心の清らかさを象徴する背文字入りの浄衣で、お遍路の正装である。袖ありと袖無しの2種類がある。なお、ご詠歌入の朱印用白衣は、お遍路自身が来世の旅路に着るためのものである。四国霊場全札所のご詠歌が書かれていて、巡拝のとき、納経所にてご朱印を頂く。

 C 輪袈裟(わげさ) 

法衣を簡略化した物で、礼拝の正装具である。遍路の道中でも首にかけているが、手洗いなどでは取り外す。

 D 経本(きょうほん)

般若心経、十三仏真言などが書かれている四国遍路のための経本である。

 E 納経帳(のうきょうちょう) 納経帳

納経帳は本来、般若心経や観音経などを写経して奉納し、参拝した証として各札所が納発行する御宝印(ごほういん)をいただく帳面をいう。納経帳には本尊を表す梵字や寺の名が記され、二回目以降はその上に朱印だけを押してもらう。判衣または納経掛軸で御宝印をいただくこともできる。ちなみに、八十八カ所の中で、第四番札所・大日寺だけは昔ながらの木版を使っている。

 F 納札(おさめふだ) 納札

印刷の紙札に住所氏名年令を記人し、各札所の本堂や大師堂に納める。接待を受けたときにも、お礼の気持ち示すためにお接待さんに差し上げるのが礼儀とされている。遍路が互いに交換することで、名刺の役割もはたす。四百枚程度必要。住所は悪用されるので要注意。納札は1番〜88番札所の巡拝を何回済ませたかで使う色が白(1回〜)、緑(5回〜)、赤(8回〜)、銀(25回〜)、金(50回〜)、錦(100回〜)と変わって使われる。

 G 頭陀袋(ずだぶくろ)

さんや袋ともいう。教本や輪袈裟、数珠、納経帳、納札、タオル、地図などを納めるのに使う。

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空海と四国八十八カ所霊場

発に先立って、少し四国八十八カ所霊場に関する予備知識を得ようと思って、空海(774-835)について調べてみた。誰にも周知のことだが、四国には八十八カ所に霊場があり、いずれも弘法大師空海が42歳の弘仁6年(815)前後に四国を修行で遍歴したとき、人々から災難を除くために開いた霊跡とされている。だが、空海以前にも役小角(えんのおずぬ)や行基(ぎょうき)に代表される行者が、すでに四国で修行したとされる聖地があちこちにある。

空海修行像
どこの霊場にもある空海修行像
海は、延暦23年(804)31歳のとき唐に渡り、都の長安で恵果和尚より正統密教をきわめ、8人目の阿闍梨遍照金剛の称号を得た。大同元年(806)に帰国すると、東大寺別当や乙訓寺別当などを歴任し、高雄山寺で金剛界結縁灌頂および胎蔵結縁灌頂を開壇して真言密教の布教に努めた。仏僧としての名声が日々に高かった空海が、何を思ったのか、弘仁7年(816)に高野山の下賜を嵯峨天皇に願い出て勅許を得た。それから2年後の弘仁9年(818)、高野山の深山幽谷の地に分け入り、真言密教の根本道場を開き、真言密教の聖地としたことで知られている。

海は、宝亀5年(774)、讃岐国(香川県)多度郡(現在の善通寺のあるあたり)の郡司の家に生まれた。15歳のとき都・平城京に出て、母方の叔父にあたる阿刀大足について論語・孝経・史伝・文章などを学び、18歳になった延暦10年(791)、大学寮(明経科)に入った。だが、20歳すぎには大学を去り、山林での修行に入ったとされる。

林修行に入ったといっても、正式な出家としてではなく私度僧(官許を得ず、僧侶を自称したということ)としてであった。この頃、空海を名乗るようになったようである。空海が修行した場所として、吉野の金峰山や阿波の大滝岳、土佐の室戸岬、伊予の石鎚山などが知られている。

海が修行した阿波の大滝岳には第二十一番札所・大龍寺(だいりゅうじ)が、土佐の室戸岬には第二十四番札所・最御崎寺(ほつみさきじ)が、さらに、伊予の石鎚山には第六十番札所・横峰寺(よこみねじ)や第六十四番札所・前神寺(まえがみじ)などが設けられている。史実から空海ゆかりの寺と言えるのはこの程度である。

和2年(835)3月21日、空海は高野山で入定した。62歳だった。彼に弘法大師の諡号が送られたのは、それから85年余り後の延喜21年(921)のことである。その弘法大師空海が弘仁6年(815)に八十八カ所に霊場を開いたとされている。だが、空海の事績を見る限り、弘仁6年前後は高野山の開創に忙しく、四国を訪れた形跡は、後述の讃岐の満濃池修復に出向いた以外は見あたらない。

法大師空海が八十八カ所に霊場を開いたというのは、史実ではない。多くの寺は、大師入定後の平安末期に大師信仰の隆盛に伴って霊場として定められていったものである。室町時代には、ほぼ現在の八十八カ寺となったとされている。

仁12年(821)、空海がわが国最大の農業用溜池として知られる讃岐の満濃池(まんのういけ)を修復したのは事実である。讃岐の国にあった満濃池は3年前に洪水によって決壊してしまったという。修復は難工事であり、また労働力不足のため完成できなかった。そこで讃岐の国司より朝廷に満濃池修築の別当に、百姓から父母のように恋慕されている空海を当てるように上申書が出された。弘仁12年、築池使別当に任命された空海は沙弥1人、童子4人をつれて現地に赴き、未完成の工事をわずか2ヵ月余で成し遂げたという。

十八という数の由来には様々な説がある。煩悩の数とも、浄土の数とも、男女と子供の厄年を合わせた数とも言われている。八十八カ寺の分布は、阿波が23、土佐が16、伊予が26、讃岐が23で、それぞれは発心の道場、修行の道場、菩提の道場、涅槃の道場と名付けられている。


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「般若波羅密多心経」の読み方と意味


「般若心経」は、玄奘三蔵が唐代に翻訳したもので、『大般若経』600巻の内容の精髄を抜き出し260文字にまとめた、いわばダイジェスト版のようなもの。般若心経の「心」の字はそのことを表している。

しくは「般若波羅蜜多心経」と言う。般若波羅蜜多は、サンスクリット語で「般若=プラジュニャー(最高の智慧)」・「波羅ム=ハラム(彼岸=悟り)」・「イ多=イター(渡る)」で「彼岸へ渡るための智慧」の意味であるという。これに「心=フリダヤ(核心)」が加わって、「プラジュニャーパーラミターフリダヤスートラ」(スートラ=経=教え)つまり、「悟りをひらくための智慧を説いた教え、その核心」という意味になる。

の経典は「空」の境地を説いていて、何事にもこだわりのない心のことで、悟りにもこだわるな、煩悩の克服にもこだわるな、と教えている。煩悩の克服や悟りにこだわると、それが執着になってしまい、かえって悟れない結果になってしまう。こだわりをすべて捨てれば、おのずから空の境地がひらけ、彼岸=悟りへ到達できると説く。

奘訳が依ったとされる『般若波羅蜜多心経』のサンスクリット語本の写本が、推古天皇17年(609)に中国から日本に伝えられ法隆寺に保管されてきた。


仏説摩訶般若波羅密多心経

仏説摩訶般若波羅密多心経
ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう

観自在菩薩 行深般若波羅密多時
かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ

照見五蘊皆空 度一切苦厄
しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく

舎利子
しゃりし

色不異空 空不異色
しきふういくう くうふういしき

色即是空 空即是色
しきそくぜくう くうそくぜしき

受想行識 亦復如是
じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ

舎利子
しゃりし

是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減
ぜしょほうくうそう ふじょうふめつ ふくふじょう ふぞうふげん

是故空中無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意
ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき むげんにびぜつしんい

無色声香味触法
むしきしょうこうみそくほう

無眼界 乃至無意識界
むげんかい ないしむいしきかい

無無明 亦無無明尽
むむみょう やくむむみょうじん

乃至無老死 亦無老死尽
ないしむろうし やくむろうしじん

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故
むくしゅうめつどう むちやくむとく いむしょとくこ

菩提薩唾 依般若波羅密多故
ぼだいさった えはんにゃはらみったこ

心無罫礙 無罫礙故 無有恐怖
しんむけいげ むけげいこ むうくふ

遠離一切 顛倒夢想 究境涅槃
おんりいっさい てんどうむそう くきょうねはん

三世諸仏 依般若波羅密多故 得阿耨多羅三藐三菩提
さんぜしょぶつ えはんにゃはらみったこ とくあんくたらさんみゃくさんぼだい

故知般若波羅密多
こちはんにゃはらみった

是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪
ぜだいじんしゅ ぜだいみょうしゅ ぜむじょうしゅ ぜむとうどうしゅ

能除一切苦 真実不虚
のうじょいっさいく しんじつふこ

故説般若波羅密多呪 即説呪曰
こせつはんにゃはらみったしゅ そくせつしゅわつ

羯帝 羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提僧莎訶
ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか
(※)羯帝 羯帝以下は3回繰り返す
般若心経
はんにゃしんぎょう
仏説摩訶般若波羅密多心経
ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう

観音菩薩が知恵を完成する修行をしているとき


この世をなす五つの要素に実体はないと知り、苦を離れ、悟りを得られた

舎利子(釈迦の弟子の名前)よ


色(=形があるもの)と空(=実体のないこと)は同じことであり、

色は空、空は色である


受・想・行・識についても同じである。


舎利子よ、


諸法が空なのだから、生じもせず滅しもせず、汚れも清らかもなく、増えも減りもしない



空のなかには色(物質)も受(感覚)・想(念想)・行(意志)・識(知識)もなく、眼・耳・鼻・舌・身体・心もない



形・音・香・味・触覚・心の対象もなく、


眼界も意識界もなく、


無明(=悟りに対する無知)もなく、無明が尽きることもない

老も死もなく、老と死が尽きることもなく、


苦しみも原因も、それをなくすることも方法もなく、智もなく、得ることもない

得るということがないのだから、悟りを求める者は、知恵の完成にのみ依るがゆえに

こころに妨げがなく、妨げがないので恐れもなく


すべての誤った夢想から遠く離れて、究極の静寂の境地となる

三世(=過去・現在・未来)の諸仏は知恵を完成することに依って、このうえない悟りを得た



ゆえに以下のことを知りなさい。知恵の完成こそが、


偉大な真言であり、悟りのための真言であり、この上なき真言であり、比較するものがない真言である



一切の苦しみを除くことができる。真実であって虚ではない

ここに、知恵の完成の真言を述べる。すなわち、


(往き往きて、彼岸に往き、完全に彼岸に到達した者にこそ、真の悟りあれ)



知恵の完成の心髄を説く経典

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