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2005年の正月気分も抜けた頃、娘が突然四国八十八カ所霊場巡りをしてみたいと言い出した。しかも「歩き遍路」で霊場を巡りたいという。新しい年を迎えて、何か心に期するものがあったのだろう。
だが、八十八の霊場を巡拝するには一ヶ月以上の日数を要する。その上に、相当健脚であることが求められる。さすがの娘もそれだけの体力がないことを自覚したのか、取りあえず今回は徳島県だけに限定すると言う。それでも心配性の家内は、娘に同行して一緒に巡拝することを懇願した。筆者もいつかは四国巡礼に挑戦してみたいと思っていたので二つ返事でOKした。本稿は、2月の極寒の中を娘と一緒に23カ寺を巡拝して回った備忘録である。
四国遍路で、なぜ八十八の寺が霊場と定められているのかよく分からない。人間の厄年、つまり男42・女33・子供13の年の合計であるとか、人間の八十八の煩悩を表わすとか、弘法大師が唐から持ち帰った釈尊遺跡八塔の霊土に因んでその八を重ねたとか、さまざまな説が伝えられている。だが、いずれも定説ではない。
よく知られているように、四国霊場八十八カ所の内訳は、徳島県 (阿波) 23カ寺、高知県 (土佐) 16カ寺、愛媛県(伊予)26カ寺、香川県(讃岐) 23カ寺である。そして、徳島県を「発心の道場」、高知県を「修行の道場」、愛媛県を「菩堤の道場」、香川県を「涅槃の道場」と呼びならわしている。
遍路とは、霊場を巡る道中修行であるとされている。遍路姿で霊場を巡拝してまわることを”打つ”という。第1番札所から第88番札所へと順番に巡拝するのが「順打ち」、逆の順にまわるのが「逆打ち」である。また、八十八の霊場を一度で巡拝することを「通し打ち」、適当な区間に区切って巡拝することを「区切り打ち」という。さらに、一つの県の札所だけを巡拝することを「一国参り」という。今回の巡礼の旅は、さしずめ「阿波一国参り」、つまり阿波一国を打ったことになる。
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| 遍路姿の筆者 |
弘法大師空海は、雑密(ぞうみつ)の時代から山林修行者の間で広まっていた真言を重んじ、中国から招来した密教を体系化して、これを真言宗と名付けた。真言宗の真言とは、真実絶対の言葉、仏菩薩の誓願やはたらきを示す秘密の語、呪文である。一字一句の千の理が内蔵された「無量の教法」があるという。四国霊場では、それぞれの本尊を表す真言を本堂で唱える。これを光明真言という。
古代史跡探訪にはまっている筆者は、古代寺院を訪れ仏像を拝観する機会が多い。寺院の持つ幽玄な雰囲気は好きだし、仏像をはじめとしてさまざまな仏教芸術を生み出した人間の想像力には全く感心している。しかし、本人は無神論者だと思っている。
一向宗で名高い越前に生まれ、先祖に浄土真宗の僧籍を持つ家柄の出であるため、幼い頃から周りに宗教的な雰囲気が漂う環境で育った。物心ついた頃から朝早く仏壇の前に座らされ、父と一緒に意味など皆目分からない経典を読経させられた。その苦痛がトラウマとなって、キリスト教であれ仏教であれ、全ての宗教は人類が創造した巨大な虚構であると思っている。
と言って、宗教の持つ効力そのものを否定するつもりはサラサラ無い。信仰は個人の自由である。人間は生きていく上で、さまざまな悩みを抱えている。神や仏の存在を信じ、我が身の運命そのものを神や仏に委ねることで、気持ちが安らぎ癒やされるのであれば、それはそれで良い。残念ながら、先人たちが築き上げた高邁な宗教哲学を理解するだけの能力も、また理解しようとする意志も、筆者にはない。その意味では、今回の四国遍路の旅は、空海とその弟子たちが築きあげた虚構の実態に触れてみたいというのが本音だったかもしれない。
(*)櫻井恵武著「四国遍路八十八の本尊」NHK出版より転載
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