西大寺(さいだいじ) 女帝称徳天皇の勅願で建立された寺

>西大寺の本堂
西大寺の本堂

メモ

【山号】真言律宗 総本山
【開基】称徳天皇
【宗派】真言律宗
【本尊】釈迦如来立像(重要文化財)
【所在地】奈良市西大寺芝町1−1  0742-45-4700
【アクセス】近鉄大和西大寺駅南口から徒歩3分

東の東大寺に対する西の大寺

案内図
西大寺境内伽藍案内図

 真言律宗の総本山西大寺は近鉄西大寺駅に近い。駅の南出口から3分も歩けば東門の前に着く。平城京に都があった奈良時代、東の東大寺に対して西の西大寺と称されたほどの官寺がこの地に建立され、盛時には実に100を越える堂宇が甍を列べていたという。そのころの寺域は東西11町、南北7町、面積31町(約48ヘクタール)という広大なものだったというから驚く。

 天平宝字8年(764)9月11日、恵美押勝(藤原仲麻呂)の謀反が発覚し、近江に逃走した。何故こんなところで恵美押勝の乱を引き合いにだしたかというと、実はこの日が西大寺創建と深い関わりがあるためだ。この日、女帝の称徳天皇は鎮護国家を祈願して四天王を祀る寺の建立を発願された。そして、翌年には7尺の金銅四天王像を鋳造して祀ったのが、西大寺の始まりとされている。

叡尊の像
興善菩薩・叡尊の像

 西大寺の建立は、宝亀末年(780)頃まで続けられ、薬師金堂と弥勒金堂、東西両塔、四王堂院、十一面堂院など多数の堂宇が築かれた。しかし、平安時代には再三の火災に遭い、さしもの大伽藍も昔日の面影を留めず衰微したという。それを復興したのが鎌倉時代の名僧・興善菩薩叡尊(1201-1290)である。

 叡尊はこの寺に入って復興にあたり、創建当初とは面目を一新した真言律宗の根本道場として伽藍を整備した。現在の西大寺はその頃の伽藍配置を伝えているという。室町時代には、兵火で多くの堂塔を失ったが、叡尊以来の法灯は連綿と受け継いで今日に至っている。


創建の由緒を伝える西大寺四王堂

拝観券
西大寺の拝観券

 東門を入って受け付けで拝観料を払うと、左のような拝観券をくれる。境内をまっすぐ進むと、すぐ右手に四王堂が建っている。創建時には四王院と呼ばれた堂宇で、上に述べたように西大寺創建の原因になった堂宇である。通常は、まず金堂を建立して本尊を祀し、その他の堂宇の造営を続けるのだが、西大寺では最初に四王堂が立てられた。

西大寺四王堂
西大寺四王堂

 現在の四王堂は延宝2年(1674)に建立された簡素な建物である。中には、重要文化財の十一面観音立像と四天王像が安置されている。

 十一面観音立像は、いわゆる長谷様式と呼ばれる形式のもので、右手に錫杖を握り、左手に華瓶を捧げている。元々は法勝寺十一面堂の本尊だったが、十一面堂が倒壊したとき、本尊も顔面を除いて破損した。叡尊がその像を修復し、正応2年(1289)亀山上皇の許しを得て四王堂に移安したという。

 ここに安置されている四天王像は、称徳天皇の発願で創建された当時のものではない。文亀2年(1502)の兵火で燃えてしまった後に再興したものである。しかし、増長天が踏まえる邪鬼は創建当時のものである。


本堂は土壁を用いない総板壁の得意な建造物

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本堂

 四王堂を出て先へ進むと、左手に塔跡、右手に本堂の建物が見えてくる。創建当時は東西両塔が建てられた。本堂前の塔跡は東塔のもので、巨大な基壇や礎石が往時に偉容を偲ばせる。

 本堂は東西14間、南北10間の単層四柱造りで、光明真言堂とも言い、宝暦2年(1752)に再建されたものである。土壁を施さない総板壁によっている特異な建物で、重要文化財に指定されている。

釈迦如来立像
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 本堂に一歩足を踏み入れると、そこは何千という金属製の灯籠が永代供養の明かりを輝かせている光の宮殿である。そんな光の中で、本尊の釈迦如来立像が厨子の中に祀られている。衲衣(のうえ)の細かく流れるような文様には、はっと驚かせるものがある。叡尊の発願で、嵯峨清涼寺の三国伝来の釈迦像を模刻した彫像であるという。

 その横にある文殊菩薩騎獅像とその周りに配置された四人の従者の像も見事である。叡尊の13回忌にあたる正安4年(1302)、弟子たちによって造られたもので、像内には経巻文書類が多く奉籠されていたという。


秘仏の愛染明王像を安置する愛染堂

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愛染堂

 本堂の右手には、寝殿造りの仏堂・愛染堂が建っている。京都の近衛政所御殿を宝暦12年(1762)に移してきた建物だという。本尊の厨子入り愛染明王座像は秘仏で、重要文化財の指定を受けている。

 叡尊の念持仏として仏師の善円が造った仏像で、鎌倉時代の愛染明王としては代表的な作品とされている。小作りながらも迫力ある仏像である。西大寺を訪れた日は、たまたま秘仏特別開扉時期だったので、幸運にも拝観することができた。

釈迦如来立像
愛染明王像

 愛染堂の中の霊牌堂には、西大寺中興の僧・興正菩薩叡尊の座像が安置してある。叡尊が80歳を迎えた弘安3年(1280)、弟子たちが報恩謝徳のために仏師の善春に造らせた寿像である。きわめて写実的な、実在の人に接しているような気迫を感じさせる傑作である。この像と同じ模像は本堂にも置かれている。



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