葛木坐御歳(かつらぎにましますみとし)神社


葛木坐御歳(かつらぎにましますみとし)神社 瀬の集落から葛木坐御歳神社へ行くには、県道215線で朝町地区から小殿へ出るのが近道だ。しかし、舗装はしてあるものの、この道は対向車線のない細い山道である。 途中で道の左側に大穴持神社の標識が目に入る。朝町川を渡りその向こうの杉木立の坂道を15分ほど登ったところにある、と書いてある。時間が無いため今回は立ち寄るのをあきらめて山間の集落を自転車を押しながら抜けた。

道の頂上付近までくると、眺望が開けて、正面に金剛・葛城の山塊が屏風のように立ちはだかって見える。急な坂道を一気に下り、御所市の東持田地区に入る。国道24号線を右手に見ながら、集落内の坂道を登ってゆくと神社の鳥居に突き当たる。背後の美しい御年(みとし)山を神体山とする葛木坐御歳神社である。地元では高鴨神社に対して中鴨神社と呼んでいる。祭神は御歳神で、相殿に大年神・高照姫命が祀られている。

神の名前のトシとは、穀物とりわけ稲を指す古語だそうだ。由緒書きによれば、御歳神は稲の神として古来から名高く、朝廷で行われた年頭の祈年祭には、本社の祭神を中心にして祈願が行われた。そのため、仁寿2年(852)には大和国で本社だけが、最高の正二位の神位を授かるほど篤く尊崇され、後に従一位に昇格され、延喜の制では名神大社に列した。御歳神社、大年神社の総社でもある。

古語拾遺」はこの神の逸話の載せている。その昔、大地主神がこの地に田を開いたとき、百姓に牛の肉をふるまった。御歳神はそのことを大いに怒り、いなごをその田に放って稲を枯れさせたてしまった。そこで、百姓たちは白猪や白馬、白鶏を奉納して神の怒りを鎮めたという。

内の杉の巨木は、いかにも古社らしい雰囲気を辺りに醸し出している。昨日の木枯らし一号のせいで、杉の枯葉が境内一杯に散乱していた。正面の拝殿は古びて、まるで廃屋のようだ。拝殿の上に置かれた太鼓も、埃まみれのままだ。果たして楽器として機能するのかどうかいぶかしい。しかし奥の本殿はさすがに立派である。最近建て直されたのか朱塗りの柱が鮮やかだ。



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