御廟山古墳(ごりょうやまこふん) 応神天皇陵の第2候補として陵墓参考地に指定されている古墳

御廟山古墳
御廟山古墳

所在堺市百舌鳥1丁 別名/比定百舌鳥陵墓参考地
アクセスJR阪和線「百舌鳥」駅より南海バス、「百舌鳥赤畑町」バス停下車、徒歩5分
墳形前方後円墳前方部3段、後円部2段築成。前方部を西に向けて立地。
造り出し有り(南側くびれ部)周濠有り(楯形二重周濠)周庭有り
規模総長墳長186m
前方部119m長さ102m高さ17m
後円部95m高さ17m頂径26m
外表施設埴輪円筒W式埴輪葺石有り
内部構造・
副葬品
  
築造時期5世紀後葉
  (出典:『前方後円墳集成 近畿編』山川出版社、『日本古墳大辞典』東京堂出版

応神天皇の御廟と伝承されてきた古墳

御廟山古墳
御廟山古墳
御廟山古墳
御廟山古墳の墳丘図
舌鳥古墳群の中の主要古墳で、前方部を西に向けている前方後円墳が3基ある。土師ニサンザイ古墳御廟山古墳、そしていたすけ古墳である。このうち、御廟山古墳は2番目に大きく、全長は186mを測る。後円部は径が約95m、高さが約17m、前方部は幅が約119m、高さが約17mの規模をほこり、百舌鳥古墳群では4番目に大きい前方後円墳である。

丘は3段築成で、南側のくびれ部には造出しを持つ。墳丘の周囲には盾形の濠と堤が巡らされているが、最近の調査で二重の濠があることがわかっている。墳丘には葺石が敷かれ、また埴輪が並べられていたが、埋葬の主体部の構造や副葬品などはわかっていない。なぜなら、応神天皇陵の第2候補として陵墓参考地に指定され、宮内庁が管理していて学術調査すら一切拒否しているためである。

円部の東側に、以前はカトンボ山古墳と呼ばれる陪塚があった。直径50m、高さ6mの円墳だったが、墳丘に埴輪と葺石が認められた。だが、宅地化の波に呑まれて、現在は消滅している。

廟山という名称は、東側に位置する百舌鳥八幡宮の奥の院、すなわち応神天皇の御廟であるという伝承に由来する。この伝承によって、付近の住民はこの古墳を聖域とみなし立ち入ることがなかった。そのため、現在まで自然の植生にまかされてきた。



消えた陪塚・カトンボ山古墳

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「位至三公」銘鏡(出典:西川寿勝著
「三角縁神獣鏡と卑弥呼の鏡」)
廟山古墳の後円部の東側に接するように直径50m、高さ6m、2段築成の円墳が築かれていた。御廟山古墳の陪塚とされ、カトンボ山古墳の名で呼ばれていた。以前からかなり破壊がすすんでいて、出土遺物も多くが散逸してしまった。昭和24年(1949)に土砂採集による破壊の始まったとき、発掘調査が行われた。そのとき、葺石と埴輪列の存在が学術的に確認された。墳丘の中央部に木板または木棺を納めたと思われる粘土槨が見つかったが、大半はすでに破壊され、人体を埋葬した痕跡は見つからなかった。

かし、散逸していた多くの出土品の大半が、調査の際に収集されたり、その後に、再発見されたりしたため、現在では副葬品のほぼ全容が明らかになっている。多数の滑石製の玉・模造品(子持勾玉5、勾玉729、臼玉約20000、双孔円板1、剣形1、斧形6、鎌形13、刀子形369)の他に、銅鏡も鉄製品出土している。鏡には位至三公鏡(いしさんこうきょう)と無文鏡の2面があり、鉄製品には刀や剣・鉾・鉄鏃などの武器類と刀子・斧などの工具類、蜘蛛手形の用途不明の鉄器が含まれる。

至三公鏡は、魏の時代(220〜265)に北方地域で新しく起こったもので、西晋時代(265〜316)にはとくに大層流行する。洛陽の西晋時代の墓から出土した沢山の銅鏡のうち、三分の一がこの位至三公鏡で、数量ではベストワンだそうだ。中国で、魏晋時代に行われた「位至三公鏡」は、わが国では29面出土しているが、福岡県・佐賀県・大分県を中心とする北九州からの出土が圧倒的に多い。大阪府下では6例が報告されているが、その一つがカトンボ山古墳からの出土品である。奈良県からは位至三公鏡の出土例がない。だが、「位至三公鏡」より形式的にあとの時代の三角縁神獣鏡は、畿内とくに奈良県を中心に分布する。



百舌鳥八幡宮

百舌鳥八幡宮の拝殿
百舌鳥八幡宮の拝殿
市百舌鳥赤畑町5-706に鎮座する百舌鳥八幡宮は、JR阪和線「百舌鳥駅」からも 南海高野線「百舌鳥八幡駅」から、徒歩10分の距離にある。社伝によれば、昔、応神天皇が三韓征伐を終えて難波に戻ってきたとき、この地に留まり、幾万年の後まで天下太平、人民を守ろうと誓願されたという。その後、欽明天皇(在位532〜571)の時代に八幡大神の託言によって、応神天皇を祭ったのが当社の創起とされている。応神天皇の他に、仲哀天皇、神功皇后、住吉大神、春日大神を祭神として祭っている。

前には大阪府の天然記念物に指定されている樹齢800年の大楠が聳えている。胸高径1.8m、幹周り5.2m、樹高25mという。

毎年、中秋の名月の日には、大小16基の布団太鼓が繰り出す勇壮な月見祭が行われる。 百舌鳥の布団太鼓はその優雅な姿でも知られている。



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