もう一つの碑は、航空母艦・瑞鶴の戦没者を祀る「軍艦瑞鶴の碑」と呼ばれている。瑞鶴はフィリピン沖海戦で米艦上機の猛攻を受けて撃沈された。昭和19年10月25日のことである。その戦没者の英霊を祀るために、同艦生存者の「瑞鶴会」よって昭和56年10月新しい碑が建立された。それが殉国の碑の横に並ぶ軍艦瑞鶴の碑である。
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| 瑞鶴の碑 | 殉国の碑 |
普段はこの慰霊公苑に人影を余り見かけない。それでも公苑の前の駐車場まで車でやって来て、公苑を散策している老人達を見かける。彼らの瞼の裏には蕾のままに散っていった若き日の子息の姿が今でも鮮明に残っているのであろう。二つの慰霊碑の前に立って、英霊とは何かと考えるとき、胸が詰まる思いがする。彼らも戦前の軍国主義が生んだ犠牲者たちである。今の同世代の若者に彼らが抱いた愛国心が理解できるであろうか。