スイセン塚古墳

所在地;橿原市慈明寺町水仙塚
 畝傍山の西北側に低くのびている丘陵の尾根の上に前方後円墳がある、と聞いて行ってみることにした。しかし、手元の地図にはその位置が示されていない。道をたずねたところ、禅曹洞宗の慈明寺を目安に行けばよいと教えてもらった。地図を見ると慈明寺町という町名がでている。とりあえず神武天皇陵の北側を東西に走る道を西に進み、農業試験場の後ろを抜けて県道207号(見瀬五井線)に出る。この県道は高取川にかかる慈明寺橋のところで街中をまっすぐに南下する道と分岐する。街中の道を僅かに南に下ったところで、左手に貯水池の堤防が見えてくる。その貯水池の脇に禅曹洞宗の慈明寺の碑が建っていて、その奥に鳥居が見える。寺に鳥居とは不思議な組み合わせだと思ったが、鳥居は慈明寺の奥にある天満神社のものだった。 スイセン塚古墳

 慈明寺へ行く道は果樹試験場の農地の中を通っている。慈明寺の建物が見えるあたりまで来ると、左手に果樹を植えた丘陵が広がっている。どうやらその尾根あたりが古墳らしい。前方部はほぼ西に向いているらしいが、丘陵の尾根は樹木が繁茂していて、古墳の形がはっきりしない。

 慈明寺の墓地の前に、橿原市教育委員会が立てたスイセン塚古墳の説明板がある。それによると、後円部は径50メートル、高さ約10メートル、前方部は長さ約40メートル、高さ約5メートルほどであるらしい。埴輪の有無や主体部の構造などの学術調査は行われていない。しかし、学問的に注目すべき古式の古墳であるといわれている。築造時期は五世紀後半ごろとされている。「スイセン塚」という名称は、綏靖天皇のスイゼイがなまったものとして、綏靖天皇陵に比定されたが、現在では単なる言い伝え程度に受け止められている。