慈明寺へ行く道は果樹試験場の農地の中を通っている。慈明寺の建物が見えるあたりまで来ると、左手に果樹を植えた丘陵が広がっている。どうやらその尾根あたりが古墳らしい。前方部はほぼ西に向いているらしいが、丘陵の尾根は樹木が繁茂していて、古墳の形がはっきりしない。
慈明寺の墓地の前に、橿原市教育委員会が立てたスイセン塚古墳の説明板がある。それによると、後円部は径50メートル、高さ約10メートル、前方部は長さ約40メートル、高さ約5メートルほどであるらしい。埴輪の有無や主体部の構造などの学術調査は行われていない。しかし、学問的に注目すべき古式の古墳であるといわれている。築造時期は五世紀後半ごろとされている。「スイセン塚」という名称は、綏靖天皇のスイゼイがなまったものとして、綏靖天皇陵に比定されたが、現在では単なる言い伝え程度に受け止められている。