安寧天皇陵については、『日本書紀』懿徳紀に「畝傍山南御陰井上陵に葬る」とあり、また『古事記』安寧天皇段に「御陵は畝傍山の美富登にあり」と記されている。さらに、延喜式には「畝傍山西南御陰井上陵、兆域東西三町、南北二町、守戸五烟」とある。しかし、安寧天皇も欠史八代天皇の一人であり、実際の被葬者は不明であるとされている。
現在、陵の東南の丘に安寧天皇神社がある。もと陵上に祀ってあったという。