大阪の夏の風物詩 四天王寺の篝の舞楽

撮影 平成23年8月4日

夏の宵のひとときを幻想の世界に誘う古典芸能「天王寺舞楽」

篝の舞楽のチラシ

人から、四天王寺講堂前の広場で毎年8月4日の夜開催される「篝(かがり)の舞楽」の招待状が郵送されてきた。本年は別の用事で見学できないから、興味があるなら代わりに見に行ったら、との添え状がつけてあった。

年前の8月4日、やはり彼から送られてきた招待状で大阪の夏の風物詩とされている四天王寺の「篝の舞楽」を見学したことがある(平成18年8月4日付け橿原日記参照)。その頃は、推古天皇20年(612)に帰化した百済人の味摩之(みまし)が伝えたという伎楽(くれがく)の舞に興味をいだいていたので、暑い日だったが楽しみに阿倍野まで出かけた。

ちろん舞楽は伎楽そのものではない。日本古来の歌舞と平安時代の初期までにアジア諸国から伝来した音楽を統合した舞曲である。千数百年の伝統を引き継いできた曲と舞は、現代の音楽や舞踊に慣れ親しんだ我々には、いささか単調であり、舞の所作も緩慢だった。それでも、燃えさかる篝火の中で繰り広げられる舞楽は、観客を幻想の世界に誘うには十分だった。

回また、あの時のように平安時代にタイムスリップした世界を垣間見れるとあって、本日の夕方出かけてきた。ただ、今回はもう一つ目的があった。知人から譲り受けた本格的な一眼レフのデジタルカメラで、先日奈良市内のライトアップした史跡建造物を撮影したが、夜間撮影はうまく撮れなかった。そこで、マニュアルを読んで設定を変えて撮影して見たいと思っていた。夜の舞楽の舞台は絶好の機会である。

が、結果はさんざんだった。風景の夜景すらうまく撮れないのに動く被写体を撮るには別の技術がいるようだ。撮影した映像はすべて失敗した。本来なら公開すべき作品ではないが、筆者の記録メモとしてあえて以下に掲載しておく。


 舞楽の冒頭に舞われる振鉾(えんぶ)

楽の開始には必ずこの舞が行われるそうだ。襲(かさね)装束を着け鉾(ほこ)を持った舞人が左右から一人ずつ登場して、伴奏に合わせて鉾を上下左右に打ち振る。中国の周の時代、武王が天下平定を志し商郊の牧野に天神地祇を祀り、その魂を鎮め、事の成就を祈ったことに由来しているという。

舞楽の冒頭に舞う振鉾(えんぶ) 同左

 篝(かがり)の火入れ

鉾の舞が終わると、古式の作法に則って、舞台の周囲の4箇所に設置された篝火に点火が行われる。

古式に則って篝(かがり)の火入れ 同左

 舞台のソデに並んだ演奏隊

奏は天王寺楽所の雅亮会が受け持つ。赤色系統の衣装を着る左方(さほう)の舞楽は南方のインド、中国、べトナムなどから伝わったもので、伴奏には笙(しょう)、篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)の 三つの管楽器と、羯鼓(かっこ)、太鼓(たいこ)、鉦鼓(しょうこ)の三つの打楽器、まれに箏(そう)、琵琶(びわ)の二つの絃楽器が使われる。一方、緑色系統の衣装を着る右方(うほう)の舞楽は、朝鮮、渤海沿岸など中国大陸の北東方面 から伝わったもので、伴奏の演奏音楽は主に高麗笛と篳篥の二つの管楽器、太鼓、鉦鼓、三ノ鼓の三つの打楽器が使われる。

演奏は天王寺楽所 雅亮会 同左

 唐の即天武后の頃作られたとされる春庭花(しゅんていか)

国伝来のこの曲は、唐の則天武后の長寿年間(692頃)に作られ、日本への伝来は桓武天皇の延暦年間(782〜805)に遣唐舞生の久礼真蔵(くれのまくら)が伝えたと言われている。舞は左方四人による平舞で、楽曲を一帖のみで舞う時を「春庭楽」といい、一帖・二帖を続けて舞う時は「春庭花」というそうだ。

左方四人による平舞の春庭花 同左

 舞楽の中でも優美な舞の一つとされる登天楽(とうてんらく)

麗双調(こまそうじょう)の小曲で、四人の舞人は平安朝の近衛の武官の正装である右方蛮絵装束(うほうばんえしょうぞく)を着、冠を被って舞う。その姿は舞楽の中でも優美な舞の一つとされている。

登天楽 同左

 林邑の僧・仏哲(ぶってつ)が伝えた林邑八楽の一つとされる還城楽(げんじょうらく)

城楽は、蛇を見つけて、それを捕獲し、そして喜ぶ様を舞で表したもので、曲名の由来は「見蛇楽(ケンジャラク)」が転じたものとされている。その淵源は、西域に住む人が蛇を好物として食べたので、蛇をみつけてよろこぶありさまを舞にしたとする説と、インドのヴェーダ神話の抜頭(Pedu)王が退治した悪蛇を見て歓喜勇躍する様を表しているとする説がある。

還城楽(かんじょうらく) 同左

ライトアップされた四天王寺

篝の舞楽」は盂蘭盆会や千日詣での前夜祭として知られる奉納舞楽である。本来は短縮された精霊会の舞楽の一部を披露する目的で始められ、今回で57回目を数える。しかし、今年は3月11日の東日本大震災がきっかけに、華麗な催しの自粛が一般化してきたのか、前回参加した時よりも観客の数は少なく、折角用意された観客席にも後部には空白の椅子が目立った。

かし、四天王寺の境内はライトアップされ、夜空の下で燃え上がるような朱色の堂宇は見事な景観だった。相変わらず下手なスナップ写真だが、以下にその一部を追加しておく。

金堂→五重塔 五重塔→金堂

五重塔 仁王門

講堂の十一面観音立像(佐川定慶作) 講堂の阿弥陀如来坐像(松久朋琳・宗琳作)



(注)各舞楽の解説は、観客に渡された見学資料「第五十七会 篝の舞楽」からの抜粋である。



2011/08/05作成 by pancho_de_ohsei

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