桜の満開の時期を迎えて和やいだ雰囲気の明日香の観光名所

撮影 平成23年04月08日


■ 江戸中期の俳人・大島蓼太(おおしまりょうた)は、世の中の移り変わりの激しさを開花期の桜の花に喩えて、”世の中は三日見ぬ間の桜かな”と詠んだ。蓼太の句を地で行くように、一週間前はまだ蕾だった明日香の桜が、あっという間に開花した。ここ数日続いた暖かさのためである。

エドヒガンザクラ ソメイヨシノ ヒガンザクラ

■ ところが、寒冷前線の通過で天気は下り坂。予報では本日午後から雨になり、明日の昼頃まで降り続くという。せっかく咲きそろった明日香の桜が、この雨で散ってしまうかもしれない。そう思うと居ても立ってもおれなくなった。散る前の艶やかな姿をこの目にとどめおきたいと、気がつくといつの間にか自転車を駆って明日香村に向かっていた。

甘樫丘の豊浦展望台から大和三山を望む

■ ここ数年、明日香の桜見学の起点は甘樫丘(あまかしのおか)の豊浦展望台においている。桜の時期でなくても、明日香を訪れた時はいつもこの展望台に登って、明日香村を俯瞰するだけでなく、大和三山を遠望するのを習慣にしている。夕暮れ時の太陽が西の空を茜色にそめて二上山や葛城山に沈む光景も良いが、桜の時期に無数の花びらをつけた桜の枝越しに大和三山を望むのも格別だ。

豊浦展望台−1 豊浦展望台−2

展望台から西の畝傍山を望む 同左

展望台から北の耳成山を望む 同左

展望台から北の香具山を望む 同左

花会式法要の準備の最中に訪れた飛鳥寺

飛鳥寺遠望

■ 花会式(はなえしき)とは、釈迦の誕生を祝う法会である。釈迦が旧暦の4月8日に生まれたという伝承に基づくもので、日本では原則として毎年4月8日に行われる。灌仏会、仏生会、花祭りなどさまざまな別名があるが、飛鳥寺では花会式が日本で最初に行われた寺であると自慢している。本日は本堂正面の扉が開き、境内から日本最古の飛鳥大佛が特別無料で拝観できる。花会式法要は午後2時から行われるとのことだった。

飛鳥寺の東の門 飛鳥寺の境内に咲く桜

花会式の準備中 花会式当日は本堂を無料開放

周囲を桜の木に囲まれた石舞台古墳

菜の花畑から見た石舞台古墳

■ 飛鳥時代に権勢を誇った蘇我馬子(そがのうまこ)を埋葬したとされる石舞台古墳。封土が流出したのか、それとも人為的に暴かれたのか、むき出しになった石室の組石の巨大さは見る者に驚きを与えてきた。せめてもの救いは、周囲に植えられた桜が少しはその異様な景観を慰めてくれていることだ。

石舞台古墳の入口 階段手前から見た石舞台古墳

石舞台古墳 石舞台古墳

聖徳太子の出生地と伝えられる橘寺

■ 橘寺は東門も西門も入口近くに大きな枝を張った桜が訪問者を迎えてくれる。境内に植えられた桜も華やかさを醸し出している。欽明天皇の時代、ここに橘の宮という別宮があり、聖徳太子は西暦572年この地で誕生されたとされている。その後、西暦606年には、推古天皇の命によって太子は勝鬘(しょうまん)経を講義された。

■ その時大きな蓮が庭いっぱいに降り積もり、南の山に千の仏頭が現れ光明を放ち、また太子の冠から日月星の光が輝いたという。驚いた女帝はこの地に寺の建立を命じられ、太子が宮を改造して造られたのが橘寺であるとされている。

橘寺の東門 橘寺の西門

境内の桜の木 西門の近くにある右近の桜

■ 南側を区切る塀の近くに立つと、かって真神原(まがみがはら)と呼ばれていた盆地を一望することができる。

橘寺から北に広がる真神原を望む




2011/04/08作成 by pancho_de_ohsei

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