錦の里を訪れ正暦寺の本尊・薬師如来倚像を拝す

撮影 平成22年11月29日


 白鳳仏の薬師如来倚像を本尊として祀る真言宗の菩提山正暦寺

■ 一度拝観してみたいと思っていた秘仏がある。メル友のすみれさんに紹介していただいた正暦寺(しょうりゃくじ)の本尊である。台座に腰をかけ、踏割蓮華(ふみわりれんげ)の上に足を置く倚像(いぞう)形式の金銅仏で、白鳳時代の作と伝えられている。国の重要文化財に指定されており、寺では薬師如来像として祀っている。

正暦寺の薬師如来倚像
■ 像高28cmの小さな仏像だが、平素は秘仏とされ厨子の中に安置されている。春は4月18日から5月8日まで、秋は11月1日から11月30日まで、および12月22日に特別に開扉して一般に公開される。

■ この薬師如来倚像を本尊として祀る真言宗の菩提山正暦寺は、奈良市の菩提山町157に所在する。寺の縁起によれば、一条天皇の勅命を受けて、九条兼家の子の兼俊僧正が正暦3年(992)に創建した勅願寺で、年号をとって正暦寺と号したとのことだ。盛事には、菩提山から流れ出る渓流・菩提仙川を挟んで、堂塔・伽藍を中心に86坊が建ち並び偉容を誇ったという。

■ その後、治承4年(1180)の平重衡(たいらのしげひら)による南都焼き討ちなど幾多の変遷を経て、江戸中期以降は真言宗の仁和寺の末寺となり、明治になると廃仏毀釈の影響を受けて、現在は多くあった塔頭も福寿院を残すのみとなっている。

■ 10世紀末に建立された寺になぜ白鳳仏が安置されているのか、真言宗の寺に不動明王ではなく薬師如来が本尊として祀られているのか、すみれさんからこの倚像の話を聞いたとき様々な疑問を抱いた。しかし、縁起には、鳥羽天皇(在位1107年 - 1123年)の病気平癒のためこの本尊を宮中に移して祈祷したことしか記していない。

■ 関東地方にも白鳳時代に作られた倚像が現存している。深大寺釈迦堂に祀られている釈迦如来倚像である。清純な微笑を浮かべた明るい童顔、端正な倚坐の姿をめぐる流麗な衣文によって親しまれている仏像だ。 今年の7月、深大寺を訪れてこの仏像を拝し、10月には埼玉県立歴史と民俗の博物館の特別展で間近に見ることができた。正暦寺の薬師如来像も清純な微笑を浮かべた明るい童顔の金銅仏ならば一度拝観したいと思った。

■ 正暦寺では今月の30日までこの仏像の厨子を開扉して一般に公開している。その末日が明日に迫っている。正暦寺は奈良県でも有名な紅葉の名所で「錦の里」とも呼ばれている。4年前に訪れたとき、その見事さに感動した。そこで、妻の法要をすませて3ヶ月ぶりに橿原のアパートに戻ったとき、まず正暦寺を訪れたいと思った。以下は、サンチョ君を誘って訪れた今の正暦寺の景観である。

 すでに盛りの時期を過ぎながら最後の光芒を放つ正暦寺の紅葉

■ 9時13分に近鉄奈良駅前から出る奈良交通の正暦寺行きのバスに乗った。昨日まで一日6便あったバスの便が、本日から4便に減っている。しかも、菩提仙川沿いの狭い田舎道を運行するためか、小型のバスである。それでも朝一番のこのバスを利用しようと多くの年配女性が押しかけたから大変だ。身動きもできないほど超満員のバスに揺られて約23分、正暦寺の臨時のバス停に着いた。

●バス停付近の紅葉はすでに散っていた ●マイカー駐車場付近まで登ってきてようやく紅葉を目にする


■ 菩提仙川の渓流沿いの道を登っていくと、やがて右手に「日本清酒発祥之地」の碑が立っている。正暦寺は、菩提仙川の清流の清水を用いて、初めて清酒を醸造した寺としても知られている。現在飲まれているような清酒が造られるようになるには、政治の中心が貴族から武家へと移る中世からである。酒造りの中心が朝廷から寺院へと移り、寺の荘園で作られた米で「僧坊酒」と呼ばれる酒が盛んに造られた。

■ もともと寺での酒造は禁じられていたが、神仏習合が進むと「お神酒」などの酒が作られるようになった。正暦寺の一坊で作られた酒は、古来のにごり酒ではなく我々が目にする透き通った日本酒だった。現在も毎年1月、奈良県内の11の蔵元が「菩提モト」と呼ばれる酒母づくりの仕込みを正暦寺で行っているという。

●マイカー用駐車場に向かう橋のたもとに「日本清酒発祥之地」の碑が建つ ●福寿院客殿の近くまで来てようやく紅葉のトンネルに出会う


■ 正暦寺の福寿院は、数多くあった塔頭の現在に残った最後の一つである。その客殿は延宝9年(1681)に建立された数寄屋風の建物で、国の重要文化財に指定されている。客殿の緋毛氈を引いた客間から眺める庭の景観は逸品である。特にこの時期は、塀の向こうに見える紅葉の眺めが、時の流れを忘れさせてくれるほどすばらしい。

●福寿院客殿の門 ●福寿院客殿から見た紅葉

■ 福寿院客殿から正暦寺本堂に向かう参道は、さながら錦のトンネルである。谷川沿いに自生するカエデの木が、紅葉した枝を谷川に向かって伸ばしている。風が吹くたびに、紅の木の葉がハラハラと参道の上や谷川の水面に舞い落ちる。因みにカエデの名称の由来は、葉がカエルの手に似ていることから「カエルデ」と呼ばれ、それが転訛したものだそうだ。

●福寿院客殿前の楓の木 ●正暦寺本殿に向かう道で谷川に枝を伸ばす楓


■ 正暦寺境内へ続く石段はかなり急である。そのための女坂が用意されている。女坂にアクセスする途中に多くの石仏や石塔が並べて置かれている。紅葉をバックにした石仏の並びは壮観である。本堂周辺は、ケヤキ、ヨノミ、イチョウなどの黄葉に映えて、鮮やかな錦模様を織りなしている。

●正暦寺の石仏・石塔 ●鮮やかな錦模様のトンネル


■ 正暦寺の境内の奥に建つ本堂は、おもいのほか小さな建物だ。本尊の薬師如来は瑠璃殿(宝物館)で公開されると聞いていたが、本堂内陣の正面に安置されていた。開扉された厨子の中の倚像は、せいぜい28cmの高さしかなく、正面に座って拝観してもその相貌はよく分からない。

■ 本堂の隅で録音のテープを流している寺僧に、本尊をデジカメで撮影しても良いか、と聞いた。たいていの寺では、本尊は信仰の対象であって美術品ではないと断る。ところが、ここでは、本堂の外からなら内部を撮影しても結構ですよ、との返事が返ってきた。しかし、筆者が愛用しているバカチョン式のデジカメでは、うまく撮れない。仕方なく本尊の写真を買いたいというと、福寿院客殿の土産物売り場に置いてあるという。土産物売り場では見かけなかったと思ったが、帰り道にもう一度福寿園に立ち寄った。売り場には置かれていなかったが、棚の下から出して見せてくれた。一枚400円だった。それが冒頭に掲げた写真である。

●正暦寺本堂 ●本堂の内陣で開扉されている薬師如来倚像


2010/05/18作成 by pancho_de_ohsei

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