ミシュランガイドで“三つ星”にランクされている観光地・高尾山

撮影 平成21年11月5日 <

真言宗智山派の大本山・高尾山薬王院有喜寺(たかおさんやくおういんゆうきじ)の寺域になっている高尾山

明治の森高尾国定公園の案内板
明治の森高尾国定公園の案内板
東海自然歩道(とうかいしぜんほどう)は東京都から大阪府まで11都府県約90市町村にまたがって延々と続く自然歩道である。奈良県でおなじみの山の辺の道も、その一部に組み込まれている。その起点が東京都八王子市の「明治の森高尾国定公園」であることを最近知った。しかも、その国定公園の中にある高尾山は、あの有名なミシュランガイドでも最高ランクの“三つ星”の観光地として紹介されているという。そのため、高尾山を訪れる外国人ハイカーも多い。

高尾山は東京近郊にあるため年間250万人以上のハイカーが訪れるという。しかも、筆者の自宅からそれほど遠い距離にあるわけではない。JRと私鉄の電車を乗り継いで行けば、1時間半ほどでその登山口に到着できる。それなのに今まで一度も訪れたことがなかった。朝の食事のときそれを言うと、それでは本日わたしが案内してあげる、と家内は即決で決めてしまった。もう少し紅葉が見頃になってからでもいいよ、と言ったが、そんなこと言ったら永久に行けなくなると、早々と出かける支度を始めた。

高尾山マップ1号路
尾山は、東京都八王子市にある標高599mの山である。元来は修験道の霊場であり、現在は真言宗智山派の大本山、高尾山薬王院の寺域となっている。寺の創起は天平16年(744)までさかのぼり、聖武天皇の勅命により東国鎮護の祈願寺として、行基が開山したと伝えられている。その際、本尊として薬師如来が安置されたことから薬王院と称されてきた。永和年間(1375 - 1379)に京都の醍醐寺から俊源大徳が入り、飯縄権現(いづなごんげん)を守護神として奉ったことから、飯縄信仰の霊山であるとともに修験道の道場としても繁栄した。

晦日の夜NHKのテレビから流れる除夜の鐘の一つは、この寺から放映される。高尾山は薬王院の寺域であるため、植物の採取や鳥類の捕獲を禁止し、天然の森林が長年にわたって保護されてきた。その天然の森林を縫って山頂へ続く登山路がいくつも整備されていて、色々なルートを組み合わせて快適な低山登山が楽しめる。

午少し前に、京王電鉄の高尾山口駅に着いた。改札を出ると駅前広場に、「明治の森 高尾国定公園」の案内板があり、さまざまな登山路が色分けして示してあった。見てみると、1号路から6号路まで六つのルートがあり、さらに稲荷山を経由するコースもある。1号路は約1260年前に薬王院が開山したとき作られた参道であり、東海自然歩道にも指定されている。薬王院まで舗装されているため、登山者に最も利用されるコースのようだ。ただし、山頂までの距離は3.8km、徒歩で100分はかかるという。幸い途中まで高尾山登山電鉄のケーブルカーやエコーリフトが使えるというので、山上駅までそれを利用することにした。



ケーブルカーを利用して1号路を山頂に向かう

●ケーブルカーの清滝駅とエコーリフトの山麓駅

京王電鉄の高尾山口駅から徒歩5分ほどの所に、ケーブルカーの清滝駅とエコーリフトの山麓駅の駅舎がある。同じ建物で、向かって左側がケーブルカーの乗り場、右側がエコーリフトの乗り場になっている。
●高尾山駅に向かう途中ですれ違うケーブルカー

ケーブルカーは15分おきに運行している。山麓の清滝駅から山上の高尾山駅までは約1キロ、高低差271mを6分かけて登る。途中に31度14分という、鉄道事業法準拠の日本の鉄道における最急勾配がある。

●高尾山駅近くの展望台・かすみ台

かすみ台は1号路の急な坂道を登ってきた登山者のため築かれた展望台である。ここでベンチに腰掛けて一息いれている登山者は多い。晴れた日には、この展望台から新宿副都心のビル群や横浜のランドマークタワーまで見えるそうだ。
●たこ杉

高尾山の七不思議の一つとされる「たこ杉」は推定樹齢450年、高さ37m、幹周り約6mの巨木である。その磐根がたこの足のようになんとも不思議な形をしている。
伝承では、高尾山の天狗(てんぐ)衆が飯縄(いづな)大権現参詣のための参道を整備していたとき、この杉が四方に根を張っていたので、これを引き抜くことを決めたそうだ。それを知った杉は、一大事とばかりに一夜にして根をくるくると縮めてしまったという。別の話では、俊源大徳が、高尾山に登る道に大きな霊杉が根を張って通行の邪魔だったので、般若心経を唱えると一本杉はたちまちくるくると根を巻いて道は開かれたという。

●浄心門

たこ杉を過ぎて2分ほど進むと、まもなく薬王院有喜寺の浄心門が見えてくる。浄心門の左右の門柱には、『高尾山』と『薬王院』と記した大きな表札が掛かり、真ん中には『霊気満山』の額が掛かっていて、ここから先は高尾山薬王院の境内であることを示している。
●男坂への石段

浄心門から朱塗りの灯籠が両側に並ぶ参道を進むと、道は途中で二手に分かれる。右はゆるやかな女坂、左は石の階段が待ち受ける男坂である。石段の数は108段、人間の煩悩を越えて行く坂道である。

●仏舎利塔

男坂と女坂の合流する地点で、一時コースを離れ坂道を登っていくと、小高い丘に純白の仏舎利塔が建っている。昭和6年、日本少年団がタイ国を訪問した際に、親善のために贈られた釈迦の遺骨が納められている。
●高尾修験根本道場

仏舎利塔の前に、「高尾修験」,「根本道場」と刻まれた石柱がある玉垣で囲まれた護摩壇がある。高尾山は、中興の俊源大徳以来、関東修験根本道場として法燈を伝える寺であり、ここで山伏修行が随時行われる。

●根本道場の不動明王

根本道場には、大天狗と小天狗を従えた不動明王の像が置かれている。実は、不動明王は 高尾山薬王院の本尊である飯縄(いづな)大権現の化身とされ、赤い顔に高い鼻と団扇をもった大天狗と青い顔にカラスのくちばしをした小天狗を眷属(随身)として従えている。
●天狗の腰掛杉

高尾山の参道脇の杉並木は昭和34年と41年の台風で被害を受け、その本数はかなり少なくなったそうだ。その中にあって、薬王院の少し手前にしめ縄をかけた杉の大木があり、「天狗の腰掛け杉」と呼ばれている。この巨木には曲がりくねった枝が一本でており、その座りやすそうな枝振りにから天狗がそこに腰掛けて登山参詣の人々を見守っていたとの言い伝えが残っている。

●高尾山薬王院の四天王門

高尾山薬王院の山門は八脚門で、寺の本尊を守る四天王の像が安置されている。薬王院は天平16年(744)、聖武天皇の勅命により、行基菩薩によって開かれ、本尊として薬師如来を安置された。南北朝時代には、俊源大徳によって飯縄大権現も本尊として祭られるようになり、戦国武将の信仰を集めた。現在は成田山、川崎大師とともに、真言宗智山派の三大本山に数えられている。
●大天狗と小天狗

四天王門を入ると、右手に飯縄大権現の眷属(随身)である大天狗と小天狗の像が祀られている。天狗の話が語られるのは、「源氏物語」が最も古く、その後に今昔物語や義経記などにも天狗が登場するとのことだ。その多くは、神仏の持つ教えや慈悲、救済心とはやや異なった威力超能力を自由自在に使いこなす超人的な存在として伝えられてきている。高尾山では、天狗は飯縄大権現の随身として、招福万来、除災開運や衆生救済のご利益をもたらす重要な役割を持って語り継がれている。

●薬王院本堂

仁王門をくぐると、薬王院の中心となる本堂がある。開山本尊として薬師如来と中興本尊として飯縄(いづな)大権現を祀る建物である。薬王院はもともと天平時代に聖武天皇の勅願で行基が開山した寺で薬師如来を本尊として祀ってきた。ところが、南北朝時代に、京都醍醐寺の俊源大徳が護摩供秘法を行い、飯綱大権現をこの地に勧請したため、飯綱大権現も中興本尊として祀られることになった。
●飯縄権現堂

本堂から少し上に、薬王院の中心となる建物で、飯縄権現を祀る社殿(神社)である。入母屋造の本殿と拝殿を幣殿で繋いだ権現造で、社殿全体に華麗で極彩色の装飾がなされていることが特徴である。

●奥の院 不動堂

飯綱権現堂の奥の階段を進むと薬王院の奥の院がある。建物は江戸時代初期の寛永年間(1624年-1644年)の建立で 本尊として不動明王、その他に両脇童子・行基菩薩・俊源を祀る。
●高尾山山頂。標高599m

奥の院からかなり急な坂道がいくつも続き、やっと山の尾根に出る。尾根伝いの道を少し下ると、その先に上り坂があり、海抜599mの高尾山の頂上に到着する。頂上は広場になっており、天気が良ければ四方の山々を眺望でき、空気が澄んでいれば富士山も見えるという。明るい山頂では多くのハイカーで賑わっていた。

●高尾山山頂の広場

高尾山の今年の紅葉に見頃は今月中旬から下旬にかけての頃らしい。山頂に一本だけ真っ赤に色づいたモミジの木があったが、その他はまだ少し早いようだ。
●山麓駅と山上駅お結ぶエコーリフト

下山に山上駅からエコーリストを利用した。このリフトが山上駅と山麓駅の間で開業したのは1964年、東京オリンピックの年である。二人乗りのリフトは2駅間の路線距離872m、高低差237mを約12分で降りてくる。けっこう乗り応えのあるリフトだった。紅葉の見頃の時期ならば、リフトの両側の林も色づいて綺麗だろうが、残念なことに少し時期が早かった。





2009/11/06作成 by pancho_de_ohsei

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