中禅寺湖畔にたたずむ旧イタリア大使館別荘

撮影 平成21年10月28日

すでに紅葉の見頃は過ぎていたが・・・・

吉野山のポスター
中善寺湖畔の歌ケ浜駐車場から仰ぎ見た男体山


●イタリア大使館別荘記念公園の案内図
●イタリア大使館別荘のレイアウト
光は関東でも一、二を争う紅葉の名所である。わけても標高1277mの中禅寺湖畔は、10月の上旬から中旬に見頃を迎え、その豊かな自然環境を求めて大勢の観光客がマイカーやバスを連ねて訪れる。そのため、週末の第二いろは坂は、猛烈な交通渋滞のるつぼとなり、その様子はニュースでも年中行事のように毎年取り上げられる。

週の月曜日、太平洋岸の沖を台風が足早に通り過ぎた。台風は日本の上空の大掃除をしてくれたようだ。日本全国に見事な秋晴れをもたらし、昨日などは我が家のベランダからも雪を戴いた富士山が見えた。ところが、朝のテレビで本日も晴天が続くと知ったワイフが、中禅寺湖へ行ってみたいと突然のように言い出した。

月も下旬となると、中禅寺湖畔の紅葉は盛りを過ぎ、今は紅葉前線がずっと下って、いろは坂の中程まで降りてきている。しかも週の半ばの水曜日である。週末のような大渋滞は起きていないかもしれない。日光行きを突然思い立った理由を聞いてみると、原因は先週の火曜日に放送されたNHKの「昼どき日本列島」でのテレビ中継にあった。

の番組では、中禅寺湖畔にたたずむ旧イタリア大使館の別荘を紹介し、今月1日から無料開放していると報じていた。明治の中頃から大使館をはじめとする外国人別荘が奥日光に建てられるようになり、中禅寺湖畔は国際色豊かな避暑地となった。イタリア大使館の別荘は1928年に建てられ、1997年まで歴代の大使が使用していた。栃木県はその別荘を譲り受けて、床板や建具・家具などをできる限り再利用して改築し、2000年からイタリア大使館別荘記念公園として公開している。

計は、著名なアメリカの建築家で外交官でもあったアントニン・レーモンド(Antonin Raymond)である。彼はこの地方の特産である杉に着目して、外壁から内部まで徹底して杉の皮を使って装飾した。建物全体にまるごと杉皮を使用している例は他にないが、日本のスギと西洋建築が不思議に調和した建物になっているとのことだ。

学のためにどのような建物か見ておきたいと、ワイフに付き合うことにした。9時半に自宅を出て、東北自動車道と日光宇都宮道路を乗り継ぎ、11時半に中禅寺湖畔の歌ケ浜駐車場に着いた。もっともアッシー役は息子が引き受けてくれた。


湖畔の散策路の先にあるイタリア大使館別荘記念公園

ケ浜駐車場から記念公園までは徒歩で15分ほどである。すでに紅葉の盛りは過ぎたが、落ち葉が散乱した湖畔の遊歩道は、表情豊かな中禅寺湖の風景を堪能するにはもってこいの散策路だ。湖畔の梢の間だから波静かな湖水や湖を取り巻く山々を眺めながらゆっくりと散策できる。途中に渇水した砥沢(とさわ)川があった。その岸に、なぜか燃えさかるように紅葉した小振りの木々がまだ残っていた。

●砥沢(とさわ)川の縁に残る紅葉 ●砥沢川に架かる砥沢橋

沢橋を渡ると、まもなく記念公園の敷地に入る。公衆トイレに先に外壁を杉皮で覆った寄せ棟の建物があった。国際避暑地歴史館である。もとは別荘の副邸だった建物で、暖炉を持つ居間兼食堂とそれに続く広縁、寝室、台所からなっていた。現在は歴史館として外国の大使たちが避暑を楽しんだ国際的な社交倶楽部の歴史を写真パネルと映像で紹介している。

●見えてきたイタリア大使館別荘記念公園 ●国際避暑地歴史館のこじんまりとした建物

イタリア大使館別荘の本邸は二階建ての建物である。国際避暑地歴史館と同様に、外壁をすべて杉皮で覆った外観はちょっと見には奇異に見える。しかし、見慣れると湖水と空を背景にして周囲の景観にとけ込んで、なんとも落ち着きを感じさせる建物である。

●湖岸に立つ旧イタリア大使館別荘の本邸 ●同左

関ホールから室内に入ると、一階は食堂・居間・書斎が仕切りなしでつながっている。食堂には暖炉が設けられ、その裏側には別室の休憩室たあった。歴代のイタリア大使が家族を伴って夏のひとときをこの地でゆったりと過ごした避暑生活を彷彿させる間仕切りだった。

●食堂 ●居間から書斎を見る

の象徴は、長辺全部を使った開放感あふれる広縁だろう。湖畔に向かって置かれた籐椅子に腰掛けると、開け放されたガラス戸の先に湖水と空が一面に広がり、中禅寺湖の自然を心ゆくまで満喫できるはずだ。ソファに座り、湖水を渡ってくる涼風に身をまかせていると、ゆったりとした時間の中で読書を楽しむことも、家族同士の語らいもできたであろう。二階に上がってみた。大使夫婦の寝室の他に、2つの寝室があった。いずれの部屋からも湖の景観が楽しめる設計になっている。、

●長辺全部を使った広縁 ●広縁からガラス越しに眺めた中禅寺湖

荘から水辺に下りていくと湖水に突き出た桟橋がある。往事、この桟橋にはヨットや手こぎのボートが繋留されていた。ヨットは湖のレクレーションの代表だったとのことだ。別荘の行き来や買い物にも、ヨットがよく利用されたという。桟橋から眺める男体山は秀麗そのものである。

●別荘に付属した桟橋 ●桟橋から眺められる男体山

その後、光徳牧場を訪れる

タリア大使館別荘の記念公園を見学した後、どちらへ回ろうかという話になった。中禅寺湖畔には華厳の滝や竜頭の滝があり、少し奥へ行けば戦場ヶ原やその先に湯の湖があり、見所は豊富だ。しかし、今までに何度も家族連れで日光を訪れていて、いずれの観光名所も見学している。ワイフの提案は単純だった。「光徳牧場の絞りたてのおいしい牛乳を飲んで、早めに帰りましょう」

●中禅寺湖畔の色づいた街路樹 ●ミズナラの林の奥にある光徳牧場の売店

徳牧場は戦場ヶ原の先を右に入った林の奥にある。湖畔沿いの沼田方面に続く国道120号線を進むと、車窓に茫洋とした草原が広がる戦場ヶ原があった。標高1394mの戦場ヶ原の名前は、アカギの神(赤城山)とニッコウの神(二荒山(男体山))がそれぞれ大ムカデ(赤城山)と大蛇(男体山)に化けて戦った戦場であるという伝説に由来する。草原の奥には黄色に色づいたカラマツの林が続いていた。

道から右折してミズナラの林に分け入ると、まもなく光徳牧場の駐車場に着く。駐車場の前に三角屋根の売店があり、その奥はレストランになっているが、別の建物の玄関先で牛乳とソフトクリームを売っている。絞りたての牛乳はカップ一杯で150円である。ワイフは絞りたてでおいしいというが、味音痴の筆者にはそれほどのものとも感じられなかった。

●光徳牧場で放牧されている乳牛たち ●同左

車場からミズナラの林の中へ入っていくと、乳牛が放牧されている牧場がある。色づいたカラマツの枝の下で、10頭ほどの牛が草をあさっていた。ほとんど生えているかいないほどの小さな草では、とても牛たちの腹を満たすとは思えない。それでも、午後の日差しを全身に浴びながらのんびりと草をはむ牛の群れは、まるで一幅の絵のようだった。

りは、華厳の滝の駐車場を過ぎるまで道路は猛烈に混んだ。混雑を過ぎて第一いろは坂を下っている時、外の景色を眺めながら、ワイフはポツリと呟いた。
「おかげで美しい中禅寺湖が見られて良かった。これで思い残すことはないかも・・・」
これから先、彼女に苦しい日々が待っているのを思うと、その一言がズシリと胸に応えた。





2009/10/28作成 by pancho_de_ohsei

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