『万葉集』でモミジに“黄葉”の字をあてていた謎が解けた!!
■ 現在、我々は”もみじ”に対して“紅葉”という字を当てている。『万葉集』ではモミジを詠み込んだ歌が百数十首あるが、そのほとんどは”黄葉”と表しているそうだ。そのことを、インターネットのあるサイトで知って以来、なぜなのか疑問に思っていた。
■ 明日香村の祝戸(いわいど)地区には研修宿泊所「祝戸荘」があり、そこでは毎月「あすか塾セミナー」を開催している。先月の初めのセミナーに参加した。そのとき、昼休みに裏山に登ったとき、クヌギやコナラがかなり色づいてきたのを知った。
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| 午前7時22分、朝の光が稲淵の山の端を照らす |
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| その頃、奈良盆地はすでに朝の光の中 |
■ 先月は何日か紅葉狩りを」したが、紅葉を撮影するには朝日を受けて輝いているときが一番だと、ある場所でアマチュアカメラマンに聞いた。すでに祝戸荘の裏山の落葉の季節が過ぎているかもしれないが、あの落葉樹の林を朝の光の中で見てみたいと思った。
■ 朝日を受けて輝く木々を撮るには、日の出前に到着すべきだと思って、朝の6時半にアパートを出た。この時間、橿原ではまだ日の出を迎えていない。師走を迎えた最初の朝の空気は、身を切るように冷たい。40分かかって祝戸荘の駐輪場に着いた。周囲の山々は、夜明け前の白い空の下で黒々と横たわっていた。
■ 祝戸荘の裏山に登って夜が明けるのを待った。午前7時22分、ようやく明日香村が日の出を迎えた。棚田が続く稲淵の山の先端に朝日が当たり、色づいた落葉樹の林が見事に浮かび上がった。だが、同じ時間に西展望台から見下ろした奈良盆地は、すでに朝日の中にあった。
■ 午前7時33分、ようやく山の端に太陽が顔を出した。その瞬間に、それまで冷たい空気の底に沈んでいた雑木林の木々がまるで一斉に目覚めたように、鮮やかな枯れ葉を金色に輝かせ始めた。それは、豊穣な光の饗宴のように華やかで、体までが黄色に染まるような気がした。
■ 祝戸荘の裏山は散策路が整備されている。木々の枝を見上げながらその散策路を歩いていると、万葉人が黄色い葉をモミジと呼んでいた理由が突然判ったような気がした。万葉の時代、明日香に都が置かれた頃、周囲の山々は現在のようにスギやヒノキの植林はなく、ほとんどが落葉樹で覆われていたにちがいない。
■ 万葉人は黄色に変色した木々の葉を”モミジ”と呼んだのであろう。色づいた初冬の山を眺めながら、万葉人も物の哀れを感じたであろうか。それとも、今朝の小生のように、澄み切った冬の朝、枯れ葉を踏んで散策しながら、豊穣な時間の流れを感じたであろうか。取りあえず、祝戸荘の裏山でデジカメにおさめた黄色の世界を以下に紹介しておこう。
朝日を浴びて歓喜の歌を歌い始めたような落葉樹の林
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| 朝日に差し込んだ落葉樹の林 |
澄んだ空に向かって伸びるコナラの木 |
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| 林の奥まで差し込む朝日 |
稲淵の山も色づいている |
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| 稲淵の棚田を見下ろす山の先端 |
横から差し込む陽射しが明るい散策路 |
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見晴らし台から棚田を見る |
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散策路で見かけた唯一の紅葉 |
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| 祝戸地区のフグリ山 |
色づいた木々に囲まれた祝戸荘 |
2008/12/01作成 by pancho_de_ohsei
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