春を呼ぶ奈良の風物詩・二月堂のお水取り

撮影 平成20年3月11日

お水取りの”いろは”

大寺二月堂のお水取りは、春を呼ぶ奈良の風物詩としてよく知られている。お水取りの名は、3月12日の深夜(正確には、13日の午前1時半頃)に閼伽井屋(あかいや)の中にある若狭井(わかさい)から二月堂の本尊・十一面観音菩薩に供える香水(こうずい)を汲みあげることに由来する。

二月堂への参道標識
二月堂への参道標識

水取りの様子は毎年テレビなどで報道されるし、4年前には友人たちと実際に見学している。しかし、考えてみるとお水取りについてほとんど何も知らないできた自分に驚いている。幸い、二月堂の休憩室には、お水取りの概要を説明した写真が張り出されていた。自分の知識の整理を兼ねて、その内容を要約すると、次のようになる。

水取りのことを正確には修二会(しゅにえ)という。11人の僧侶(練行衆)が二月堂に参籠して、人々に代わって本尊の十一面観音に罪過を懺悔し、罪障の消滅と仏の加護を願う法要のことで、正しくは十一面悔過(じゅういちめんけか)という。旧暦の2月1日から行われてたので、二月に修する法会という意味を込めて、修二会と呼ばれるようになった。修二会は東大寺開山良弁僧正の高弟、実忠和尚によって天平勝宝4年(752)に始められ、以後一回の中断も無く続けられてきた。今年の平成20年は、1257回目にあたるとのことだ。

参詣道の両側に張り巡らされた竹矢来
参詣道の両側に張り巡らされた竹矢来
水取りで燃やされる松明(たいまつ)は3月1日から14日まで毎日、初夜の行法に練行衆が本堂に上がる時の案内の道明かりとして使われる。松明を担ぐのは、それぞれの童子である。ただ担いでいるのではなく、均一に燃えるように回し、燃焼とともに変わる重心にに合わせて担ぐ位置を移動させながら、80段の階段を昇らなければならない。

行衆が本堂に入ると、童子は松明だけ本堂の欄干に出して、入られたことを知らせる。この「おたいまつ」と呼ばれる行事で焼かれる松明の火には、罪や汚れを焼き払うという意味が込められ、火の粉を浴びようとする人や燃え止しを拾う人が多く訪れる。修二会では、その他に、練行衆が足袋はだしで二月堂内陣を走る「走りの行法」や、大松明を振りかざし内陣を踊りまくる「達陀(だったん)」、それに上記の「お水取り」も行われる。

上から見下ろした閼伽井屋
上から見下ろした本堂前の閼伽井屋
水取りで燃やされる松明には、通常の松明篭松明の2種類ある。通常の松明は長さ6m、重量40kg程度だが、篭松明は長さ8m、重量70kg、篭の直径は80cmに達する。通常の松明は、真竹・松板・杉葉・蔓(つる)を用いて作られている。篭松明は、これらの材料に他に、大量の杉葉を籠状に包む薄い松板、飾りのサワラの薄板、それに燃えるときパチパチ音がするようにヒノキの葉を加えて作られる。これらの松明は毎朝、良弁杉の下の広場でそれを担ぐ童子が自分で制作しているとのことだ。

常の松明は3月1日から11日および13日に、毎日それぞれ10本が間隔を開けて燃やされる。だが、12日だけは特に立派に作られた11本の篭松明が間を開けて燃やされる。最後の日の14日は、10本の通常の松明が間隔を開けずに本殿に上がる。練行衆のすぐ後ろに次の松明が続くので尻つけ松明というらしい。これら10本の松明は欄干で一斉に打ち振られる。

本日燃やされる”通常の松明” 明日燃やされる”篭松明”
本日燃やされる”通常の松明” 明日燃やされる”篭松明”


 燃えさかる炎のイベントを待つ人々

日の奈良地方は、この時期としては異常と思える最高気温19度という暖かさに見舞われた。幸いなことに風もない。この陽気だったら、夜になってもそれほど冷え込まないだろうと、久しぶりにお水取りの見学に出かけてきた。

昇り階段の脇に置かれた松明。数えて見たら
10本あった。今晩燃やされる”通常の松明である”
二月堂の欄干から眺めた日没。大仏殿の向こうに
一日の光芒を放った太陽が沈む。

本堂の欄干で日没を待つ人々 同左

日暮れと共に参集してきた人・ひと・ヒト ライトアップされた二月堂


 午後7時〜7時25分、10本の松明の火が二月堂を走る

午後7時、ライトアップの照明が消える。
最初の松明が昇り階段を上がり、欄干の左端に現れる
火の粉をまき散らしながら欄干を走る松明

欄干の右端に来て松明が高く掲げられる 松明が振り回され、火の粉が見学者の頭上に飛び散る

点火された次の松明が現れる 欄干の中程で振り回される松明

燃えさかる炎から降り注ぐ火の粉 松明の最後の光芒





2008/03/12作成 by pancho_de_ohsei

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