今年も黄金色に染まった神宮外苑の銀杏(いちょう)祭り

撮影 平成19年12月1日

初めて訪れた明治神宮外苑の銀杏並木

第11回神宮外苑銀杏祭りのポスター
第11回神宮外苑銀杏祭りのポスター
 神宮外苑では現在、第11回銀杏祭りが開催されている。黄金色に色づいた銀杏並木は、この時期の東京の風物詩の一つである。しかし、東京の近郊に住みながら、今まで訪れたことがない。月が変わって今日から師走。関東地方では四日ぶりに青空が戻ってきて、久しぶりに暖かい日差しが注ぐ週末となった。都心に出たついでに、久しぶりに神宮外苑に立ち寄ってみた。

 この時期になると、いつも口ずさみたくなる歌がある。
●金色の ちひさき鳥の かたちして 銀杏ちるなり 夕日の岡に
与謝野晶子が明治37年7月に歌集『恋ごろも』の中で発表した25首の中の1首である。もっとも当初は末尾が「丘の夕日に」となっていたが、晶子が推敲して「夕日の岡に」と変えたそうだ。

 この歌がもたらす心象風景は、風もないのにハラハラと銀杏の葉が夕日を受けて散っていく初冬の寂しさである。だが、神宮外苑の銀杏並木は、晶子の歌のうら悲しさとは対照的に、何よりも華やかだ。銀杏並木は、青山通りから聖徳記念絵画館に向かう直線道路の両側に築かれている。歩道を挟んでその両側に植えられた4条の銀杏の木は、いずれも樹齢99年の巨木揃いである。カトリック建築の塔のように天空を突き刺し、その下を散策する人の数がすごい。

 なぜ樹齢がわかるかというと、造園界の泰斗とされる故折下吉延(おりしたよしのぶ)博士が、新宿御苑に奉職中の明治41年(1908)、御苑に生えていた銀杏の木からその実を採集して、現在の明治神宮内苑にあたる場所で苗圃(びょうほ)に撒いたことがわかっているためだ。その後、苗圃の木々がすくすくと生長し、その数は1600本にも達したという。

 明治神宮外苑は大正15年(1926)10月に完成するが、その造苑にあたってこの道路の街路樹に折下博士が育てた銀杏を採用することになった。すでに銀杏の木は高さ6mほどに生長していたが、1600本の中から候補樹を選び、さらに並木として樹形を整えて、大正12年(1923)に植栽された。

昭和2年(1927)当時の銀杏並木 昭和63年(1988)当時の銀杏並木
昭和2年(1927)当時の銀杏並木 昭和63年(1988)当時の銀杏並木

 現在一番高い木は28m、一番低い木は17m、一番太い木は幹周りが290cm、一番細い木は180cmだそうだ。4年ごとに整枝剪定作業を行なって、円錐形の樹形を保っているとのことだ。4列に並ぶ銀杏の大木が作り出した並木はすばらしい。その見事な樹形は長年にわたる管理と手入れのたまものである。本日デジカメに納めた銀杏並木の景観を以下で紹介しよう。



直線道路の左右の歩道の両側に植えられた4条の銀杏の巨木

青山通り方面を望む 聖徳記念絵画館方面を望む
青山通り方面を望む 聖徳記念絵画館方面を望む

聖徳記念絵画館 祭りの広場のパフォーマンス
聖徳記念絵画館 祭りの広場のパフォーマンス




2007/12/01作成 by pancho_de_ohsei

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