幸手(さって)市の権現堂堤(ごんげんどうつつみ)を朱色に染める彼岸花

撮影 平成19年9月28日


 埼玉県の県東部にある幸手市は、人口54、000人の小さな地方都市だが、その北部に位置する権現堂堤(ごんげんどうつつみ)は、県内有数の桜の名所として知られている。権現堂堤とは、江戸時代に利根川の支流である権現堂川の堤防として築かれたもので、かつては6kmにわたって約3千本の桜が植えられていた。

第2回さって曼珠沙華祭りのポスター
第2回さって曼珠沙華祭りのポスター
 ところが、権現堂川が昭和8年(1933)に廃川となってしまい、終戦前後の混乱の時期に多くの桜の木が薪として伐採されてしまった。そこで、中川の堤防として残った部分に、昭和24年(1949)に改めてソメイヨシノ約1000本を約1kmにわたって植えられた。それが現在の権現堂堤の桜並木である。

 権現堂堤には桜だけでなく、約7000株のアジサイも植えられている。さらに、平成12年(2000)にはNPO法人「権現堂桜堤保存会」の女性会員たちが、桜並木の両側や堤防の土手に、約7万株の彼岸花の球根を植栽した。その球根が見事に根付き、春のサクラ祭りやアジサイ祭りと並んで昨年から曼珠沙華祭りも催されるようになった。

 今年で2回目を迎えた曼珠沙華祭りは、9月中旬から10月上旬にかけて権現堂堤で開催されている。この権現堂堤の彼岸花は、去る9月22日、NHKテレビの「お早う日本」でも午前7時から放映され、堤の名が一躍全国に知られるようになった。

 一昨日、日高市にある巾着田の曼珠沙華公園は訪れた。事のついでに、本日は権現堂堤も訪れてみることにした。JR武蔵野線の「南越谷」駅から東武伊勢崎線の「新越谷」駅に乗り継いで、「幸手」駅まで出た。駅前からは「五霞町役場」行きの朝日バスに揺られることおよそ10分、「権現堂」バス停で下車すると、徒歩1分で権現堂堤の桜並木に到着した。彼岸花が桜並木の下を朱色に染めていた。

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権現堂堤
権現堂堤の桜並木の両側に花開いた彼岸花

権現堂堤の入口
権現堂堤の入口

権現堂堤
権現堂堤の土手に植えられた彼岸花

いかにも植栽された彼岸花であることが分かる 彼岸花の株が縦横にきれいに整列している
いかにも植栽された彼岸花であることが分かる 彼岸花の株が縦横にきれいに整列している

花に来て遊ぶ蝶 同左
花に来て遊ぶ蝶 同左

ところどころに植えられた白い彼岸花 同左
ところどころに植えられた白い彼岸花 同左

接写を試みるアマチュア女性カメラマン 強い日差しには紫外線対策もぬかりなく・・・
接写を試みるアマチュア女性カメラマン 強い日差しには紫外線対策もぬかりなく・・・

巡礼供養の碑 峠の茶屋
巡礼供養の碑。享和2年(1802)6月長雨で利根川が決壊したとき、激しい濁流で土手の修復ができなかった。たまたま通りがかった巡礼親子が人柱を申し出、流れに身を投じた。その結果、洪水がおさまり、修復ができたという。この碑は人身御供となった巡礼親子を供養するため昭和8年に建立された。 堤の中程に位置しているのにすぎないのに、何故か”峠の茶屋”の看板が出ている



2007/09/28作成 by pancho_de_ohsei return