伝説へ誘う荘厳な當麻寺の練供養会式

撮影 平成19年5月14日
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バラまつりのチラシ
蓮池の中将姫の銅像と
曼荼羅堂の中将姫二十九歳像
 當麻寺の練供養会式(ねりくようえしき)は、中将姫の極楽往生の様子を再現した古い宗教行事で、毎年5月14日の午後4時頃から行われる。當麻寺お練り、當麻れんど、迎講などと、さまざまに呼び慣わされているが、正式には聖衆来迎練供養会式という。

 曼荼羅堂を西方極楽、娑婆堂を人間界と見なし、その間の約110mに渡された来迎橋を、極楽浄土から二十五菩薩に扮した人たちが、介添役に付き添われて婆婆堂へ進み、中将姫を蓮台にのせて浄土へ導くというもので、来迎引接のさまを演劇的にあらわしている。

 恵心僧都が中将姫の昔を慕って聖衆来迎の有様を見ようと、寛弘2年(1005)に二十五菩薩の衣束と仏面を作って寄進したのが始まりと伝えられている。 この伝説へ誘う荘厳な當麻寺の練供養会式を見学しようと、本日の午後當麻寺を訪れた。



大勢の参詣者が押しかけた當麻寺の境内

参詣者の群れ やっとたどり着いた山門
 参道の両側に並んだ屋台の間を縫って、4時から始まる練供養を見ようと続々と押しかけてくる参詣者の群れ  ようやく西に傾き始めた太陽の光線を真正面に受けてやっとたどり着いた山門

来迎橋の方へ向かう 練供養の舞台装置
 境内の中も屋台が並び、砂埃を巻き上げながら参詣者たちは来迎橋の方へ向かう  練供養の舞台装置。曼荼羅堂から娑婆堂へ一直線に延びている来迎橋



定刻の午後4時、入御のお練りが始まる

曼荼羅堂から娑婆堂へ向かう 練供養会式」が始まった
 古来、大和では極楽浄土は西にそびえる二上山の彼方にあるとされてきた。二上山を背にして建つ當麻寺の練供養式は、極楽浄土を連想させる夕刻を待って行われる。  初夏の太陽が二上山の山頂の上に傾き掛けた午後4時、入御のお練りが始まった。まず中将姫の像を載せた輿が極楽堂(曼荼羅堂)から娑婆堂へ向かう。

極楽堂に赴く僧 座に着席した僧侶と楽人
 中将姫の輿が娑婆堂に到着すると、来迎橋を渡って僧が極楽堂に赴く。中将姫の法要は娑婆堂と極楽堂の両堂で行われる。  極楽堂に到着した僧侶と楽人は極楽堂の縁に特別に設営された座に着席した。

稚児行列 ああああ
 いよいよお練りの開始。先ずは母親の手を引かれた稚児行列。  来迎橋を歩く稚児たちより、手を引く親の方が緊張気味だ。

ああああ ああああ
稚児行列に続いて、楽人たちが来迎橋を娑婆堂に向かう。 楽人たちの後は、娑婆堂で法要を行う僧侶が渡っていく。

25菩薩が登場 光背を背負っている
いよいよ25菩薩が登場してきてお練りが最高潮に達していく。 25菩薩は面をかぶり、光背を背負っている。

楽器を持って登場する バランスを取るのが難しい
菩薩は手に様々な楽器を持って登場する。 面は重いからバランスを取るのが難しい。

介添えが付き添う 光背が西日を受けて
 加えて、小さな面穴から覗く視界は狭い。そのため、介添えが付き添う。  西に沈む太陽を背にして進む菩薩たちの光背が西日を受けてまぶしい。

観音菩薩 勢至菩薩 普賢菩薩
 蓮座に中将姫像を載せた観音菩薩(すくい仏)が2歩進んで半歩さがるお練りを繰り返す  観音菩薩に続いて登場するのはおがみ仏の勢至菩薩。お練りの歩き方は観音菩薩に同じ。  最後に登場してきたのは普賢菩薩



中将姫を浄土に導くべく再び来迎橋で繰り返される還御のお練り

観音菩薩 勢至観音
 中将姫を迎えた菩薩たちは姫を浄土に導く。この還御のお練りの先頭を切って、観音菩薩が中将姫を蓮座にすくい上げる仕草で練り歩く。  勢至観音は両手を合わせて合掌し、体をねじりながら進む。

25菩薩が戻っていく 西日を受けてまぶしい
 25菩薩の面が次々の介添えに支えられて戻っていく  菩薩の面が西日を受けてまぶしい。

稚児たちも戻っていく 楽人たちも戻っていく
 稚児たちも来迎橋を渡って戻っていく。  楽人たちも来迎橋を渡って戻っていく。

極楽堂へ向かう ああああ
 最後に中将姫を載せた輿が来迎橋を渡って極楽堂へ向かう。  二上山の彼方に沈む夕日を追いかけるように、輿が極楽浄土へと進んでいく。



2007/05/15作成 by pancho_de_ohsei return