| 2007 01 21 吉備の古代山城・鬼ノ城の城壁を巡る |
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吉備高原の南端に、標高約400mの鬼城山(きじょうざん)がある。吉備路を歴史探訪する者には、北方にそびえるこの山がなんとも気になる存在である。鬼城山の周囲は急峻だが山頂部分は広くなだらかである。このスリバチを伏せたような山頂の地形を利用して、神籠石(こうごいし)系の山城が築かれている。 吉備地方には、桃太郎話のモチーフとなった温羅(うら)伝説が語り継がれてきた。百済の王子と称する温羅という鬼がこの山城に住み、この地方を支配し悪行を行っていたという。崇神天皇の時代に、四道将軍(よつのみちのいくさのきみ)の一人・吉備津彦命(きびつひこのみこと)を派遣して、温羅を撃たせたという。 だが、鬼ノ城は謎の多い山城である。誰が、何時、どのような目的で築いたのか一切分かっていない。それだけに想像を膨らませてくれる史跡であり、以前から一度訪れてみたいと思っていた。今年の史跡探訪の手始めにと、本日思い切って出かけてきた。デジカメで捕らえた主な史跡を以下に示そう。 |
| 角楼 | 駐車場から遊歩道を登ってくると、最初に立ちはだかるのが復元された角楼。正面と側面から攻撃できるように城壁から凸字形に張り出している。その城壁の外側を石を敷き詰めた敷石の歩道が続いている。
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![]() 鬼ノ城マップ
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![]() 西門の傍に築かれた角楼
| ![]() 敷き詰められた敷石 | ||
| 西門 | 角楼からわずかに60m離れた位置に復元された西門が建っている。鬼ノ城には東西南北の四方面に掘立柱の門があり、その通路には床石が敷かれ、柱や扉を設置する穴が精巧に作られていた。平成8年度の調査で新たに発見された西門は、鬼ノ城最大の城門である。残り具合がよく、ほぼその全容が解明できたため、現在復元されている。
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![]() 遊歩道から西門を遠望
| ![]() 南から見た復元西門 | ||
![]() 城内から見た西門 |
![]() 西門脇の版築で築かれた土塁の城壁 |
| 西門からの俯瞰 | 西門の前面から総社平野を一望することができる。晴れた日には、児島半島や小豆島、」四国山脈も遠望できるとのことだ。。
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![]() 西門近くから倉敷平野を望む@
| ![]() 西門近くから倉敷平野を望むA | ||
| 東門跡と南門跡 | 東門跡は鬼ノ城で最初に調査された城門。城内側の正面には巨大な一枚岩が行く手を遮っている。南門跡は西門跡と同じ大きさの開口部を持つ。城内側は7段の石段がついている。
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![]() 城内側から見下ろした東門跡
| ![]() 南門跡の床石 | ||
| 突出部 | 鬼ノ城には城の外側に鋭く突きだした2カ所の突出部がある。とくに、「屏風折れの石垣」と通称されている突出部は景観がすばらしい。
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![]() 屏風折れの石垣
| ![]() 自然の巨岩を利用した突出部 | ||