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| 権殿石段下の総社拝殿前斎庭で行われた春の蹴鞠祭 (2007/04/29撮影) |
法興寺の蹴鞠会に因んだ、平安朝絵巻を見るような優雅な祭毎年巡ってくるGW(ゴールデンウイーク)は、筆者にとって特に楽しいものではない。民族の大移動のように人も車も動くこの期間、遠出するのも億劫である。自宅にいれば、打ちっ放しの”鳥かご”に出かけ、ゴルフ仲間と半日を過ごすことぐらいが唯一の楽しみだ。だが、今年は橿原のアパートに居続ける羽目になった。GW明けに大学時代の同窓会が高野山で予定されているためだ。
青空の下で、鳥棺子(えぼし)をかぶり、鞠水干(まりすいかん)と鞠袴(まりばかま)の華麗な衣装をまとい、権殿石段下の斎庭を鞠庭に見立てて奉納される蹴鞠は、その艶やかさがいつまでも印象に残っている。京都の蹴鞠保存会の会員が本殿前で執り行う祭典で、以前は秋にだけ催されたが、数年まえから春にも行われるようになった。 本日、朝から雲一つない晴天に見舞われた。部屋の中に閉じこもって読書三昧で時間を費やすには、惜しい天気である。インターネットで検索すると、蹴鞠祭は午前11時から行われるとのことだ。近鉄電車で「桜井」駅まで行き、そこから談山神社行きのバスを利用すれば、1時間ほどで到着することができる。愛用のリュックにコンビニで買った弁当を詰め込んで出かけてくることにした。 |
法興寺の蹴鞠会で初めて相まみえた中大兄皇子と中臣鎌足
蹴鞠祭は、「大化改新」の発端となった故事に因んで行われる祭事である。後に「乙巳(いっし)の変」と呼ばれるクーデターの中心人物である中臣鎌足(なかとみのかまたり)と中大兄皇子(なかのおおえのみこ)が最初に接触したのは、蹴鞠が取り持つ縁だった。その故事を『日本書紀』は次のように記述している。
二人は、唐から帰国した南淵請安(みなみぶちのしょうあん)に儒学を学ぶことを口実に、請安の私塾への往復の路上で肩を並べながら計画を練ったとされている。だが、今日の談山神社本殿の裏山であり、談山(かたらいやま)、談所の森(だんしょのもり)とも呼ばれている場所で密談を交わしたとする記述は、『日本書紀』にはない。どうやら、そうした逸話は江戸時代に住吉如慶と住吉具慶の合筆で描かれたとされる「多武峰縁起絵巻」によるようだ。
その鏡王女を祀る神社が談山神社の境内にある。談山神社の大きな石の鳥居をくぐり、長い石段の参道を登ってくると、右手に「恋神社」という社がある。鏡王女とその子供の定慧(じょうえ)・不比等(ふひと)の3人を合祀する摂社で、若宮ともいう。元和5年(1619)造営の談山神社本殿を、寛文8年(1668)に移築したもので、重要文化財の指定を受けている。鏡王女はなぜか縁結びの神として信仰が篤い。
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