弥生時代から古墳時代に向かって変革していった拠点集落遺跡
これまでに実施されてきた発掘調査や分布調査によって、この遺跡は東方のヒライ池から現在の岩室町まで及んでいて、その規模は東西約400m、南北約600mと推定されている。この場所に弥生時代の前・中・後期の全期間を通じて周囲に大溝を巡らした環濠集落が存在した。その集落は奈良盆地の東半部における拠点的な集落だったとされている。 平等坊・岩室遺跡は古墳時代前期にも継続して存続していた。それを示す証拠が遺跡の北東部の微高地で見つかっている。弥生時代後期の後半になると、1辺30mほどの方形の区画がこの微高地に形成され、集落内に首長層が誕生してきたようだ。この区画を囲む大溝から弥生時代後期後半から古墳時代前期の土器が多量に出土している。
天理市教育委員会は、長年にわたって平等坊・岩室遺跡の発掘調査を行ってきた。第29回目となる今回の調査は、民間の土地区画整理事業に伴う事前調査で、昨年の10月から実施している。調査対象となったのは、遺跡内部の方形区画から南西方向に50mほど離れた約1000平米の長方形の土地である。 受付のテントで来訪者名簿に記帳し、説明会の資料を受け取ると、発掘現場を見てみた。今回の現場は、すでに調査が完了した後に建てられた高層マンションの前にあった。この現場も、いずれ埋め戻された後に同じような建物が建つのだろう。 まだ時間が早かったせいか、見学者の数はそれほど多くなかった。畦(あぜ)道で正確に区切られた田んぼのような発掘現場の淵に立って、見学者たちは発掘跡の様子を思い思いにカメラにおさめていた。
午後1時ちょうどに現場説明が開始された。ハンドマイクを片手に、発掘現場の中央に立たれたのは、天理市教育委員会の発掘責任者である技術吏員・青木勘時(あおきかんじ)氏である。青木氏は見学参加者を飽きさせない話しぶりで、今回の調査の成果で得られた知見を、次の3点に集約して説明された。 この弥生集落で最初に築かれた環濠と思われる弥生前期の大溝が、これまで考えられていた弥生時代前期の環濠よりもさらに内側で見つかった。また時期的にも先行して出現したことが判明した。この周濠は第26次調査区で見つかった北東から南西に流れる自然河道から出土した弥生時代前期前半の土器群が捨てられた時期には、すでに機能していたと考えられる。これが、新しく得られた知見の第一である。 今回の調査区の中央から東よりの地区で、南北と北東方向に弧状に巡る複数の区画溝が検出されたが、これらの溝が方形区画よりも時期が遡る前身的な区画部分を区切る溝であることが判明した点だ。つまり、弥生時代後期末に環濠集落内の微高地に出現する首長の居宅区域よりも以前に、弥生時代中期末ごろから集落内の微高地を囲む区画部分が形成されていった。このことは、とりもなおさず古墳時代に向けての社会変革を示す現象として理解できるという。これが新しい知見の第二である。
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破壊された鍬形石は、”権力者の葬送儀礼に関わる貴重な資料”(?)
出土した緑色凝灰岩製鍬形石は、表面に石理方向に縞模様を装飾的に残されていて、鍬形石が盛行していた段階に製作された形式である。しかし、鍬先に当たる下端の板状部分を欠いていた破片だった。その大きさは幅9cm、高さ11.5cm、厚さ3cmである。製作途中の失敗品として廃棄されたものと思われたが、どうもそうは言い切れないらしい。 鍬形石の破片は、わざと割った形跡がある留式土器片と一緒に、川縁の同じ土坑(直径約50cm、深さ約50cm)に埋まっていた。これらの布留式土器は4世紀前半のものであり、したがって鍬形石が埋められた時期が特定できる。それだけではない。周辺遺構から炭化材や焼土を伴う複数の皿状の土坑や、土器集積遺構なども見つかっている。そこで、青木氏は、北方の方形区画にあった居宅で権力者が死んだとき、その居宅を望むこの河岸で普通は古墳に納める鍬形石を使って葬送の儀式を営み、鍬形石を壊して埋めたのではないかと推定された。
つまり、青木氏の想定によれば、この場所は住宅地域にあった祭祀の場であり、土器や鍬形石を祭祀の一環として打ち欠いて埋葬したことになる。石野博信・徳島文理大教授(考古学)は、野辺の送り的に川縁で夜に火を焚いて、鍬形石を割る儀式が行われた可能性を指摘しておられる。今回の鍬形石は、古墳からの出土品ではなくて、学術調査によって明らかに集落跡から出土した。集落跡からの出土事例は、今回が奈良県はもちろん全国的に見ても初めてだそうだ。しかも、青木氏の想定が正しければ、当時の権力者の葬送儀礼を解明する今後の貴重な資料になる。 最後に青木氏はマスコミに公表されなかった新事実を明らかにされた。鍬形石の板状部分を綺麗に割るための工夫として、切れ目が入れてあり、一撃で割れるようにしてあったとのことだ。その板状部分はまだ見つかっていない。現地説明会の後に、土坑をさらに掘り下げて見るそうだ。ひょっとしたら、同じ場所からまた出てくるかもしれない。 |