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| 大台ヶ原の駐車場(2006/09/20 撮影) |
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ミヤコザサの中に横たわっていたのは私の死骸であり、白い巨人たちは私の霊を必死に冥界に誘いこもうとしていたにちがいない。目覚めた後、その光景が頭にこびり付いて離れなかった。窓のカーテンを開けると、久しぶりに雲一つない青空である。急に原生林の墓場がまた見たくなって、朝食もそこそこに近鉄の電車に飛び乗った。 |
大台ヶ原ビジターセンターから日出ケ岳へ近鉄阿倍野駅始発の「吉野行き急行」は、橿原神宮前駅からは「急行」の表示をそのままに各駅に停車していく。橿原神宮前駅で8時30分に飛び乗った各駅停車「吉野行き急行」は、9時19分に大和上市駅に着く。時間的には、この電車を利用するのが一番良い。駅前の奈良交通バスの停留所には、9時30分発の大台ヶ原行きバスが待機している。
逆に言えば、このバスを利用して戻るためには、5時間以内に散策を終えなければならない。奈良交通の職員は、さかんに「4時15分までに駐車場にお戻りください」と乗客に声を掛けている。その乗客の数は、小生を含めて全部で9人、いずれも中年をすぎた男性ばかりだった。 筆者は2年前の7月に大台ヶ原を訪れ、そのときの印象を架空の女性に語らせたことがある(大台ヶ原の雲の上の稜線を歩くを参照)。その時と同じ時間に同じルートで、バスは海抜1550mの高さにある大台ヶ原ビジターセンター前の駐車場に着いた。 バスを降りて空を仰ぐと、雲一つ無い秋空が上空に広がっていた。高度1500m近くになると、さすがは気温はかなり低いようだ。半袖のシャツで姿では素肌に触れる空気が幾分冷たく感じられる。 型どおりビジターセンターに立ち寄って「東大台ヶ原自然観察路」のマップを購入した。前回は大蛇ー(だいじゃぐら)から駐車場へ戻るのにシオカラ谷吊り橋経由のルートを取ったため、坂道にずいぶん苦労させられた。そのことを受付の女性に話すと、帰路は中道を戻ることを勧めてくれた。
前回と同様に、大台ヶ原ビジターセンターと大台荘との間にある歩道の入り口から1.9km先にある日出ケ岳に向かって歩き出した。日出ケ岳の山頂は海抜1,695mだから、駐車場より約150mほど高いだけである。最後の300mほどの距離が木道(もくどう)の急坂になっているが、ほとんどは平坦な山道と言って良い。 大台ヶ原は、標高1400mから1600mの緩やかな起伏が続く台地である。この台地は年平均降水量が4000mmを超える日本有数の多雨地帯として知られている。そのため、トウヒやウラジロモミなどの針葉樹や、ブナ、ミズナラなどの広葉樹が豊かな原生林を築いてきた。だが、その森林が様々な要因で現在衰退の一途をたどっている。 歩き始めてしばらくは、天に向かって伸びた針葉樹や広葉樹の林が続く。その根元を見ると、ミヤコザサが大地を一面に覆い尽くしている。ミヤコザサは別名をイトザサとも言い、小型の美しい笹である。だが、林の奥に進むに連れて、ミヤコザサや歩道の上に降り注ぐこぼれ日の量が徐々に増してくるのに気づく。木々の先端で枝が枯れ始めているためである。そのうち、所々で立ち枯れした樹木が眼につくようになる。
立ち枯れした樹木は、日出ケ岳に近づくにつれて増えてくる。日出ケ岳の山頂に登る木道付近では、横倒しになって枯れ果てた無惨な姿が目立つようになる。いよいよ原生林の墓場に差しかかった、というのが正直な印象である。山頂はミヤコザサが生い茂るだけで、樹木はほとんど見あたらない。 そのため、見晴台に立つと、周囲には360度すばらしいパノラマが展開している。ビジターセンターの職人によれば、本日は一年のうち何度もないような晴天に恵まれたとのことである。見晴らし台から東を見れば、熊野灘から尾鷲湾がかすんで見えた。西には大峰連山が峰峰を連ねて屏風のように立ちはだかっていた。
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正木ケ原から牛石ケ原へ
正木峠から南に下ってくると、およそ700mで正木ケ原に着く。休憩所を設えただけの何もない場所だが、そこから振り返って見ると、瀕死の状態にあえいでいる正木峠付近の様子が、あらためて思い知らされる。
正木ケ原から400mほど進むと、中道との合流点になっている尾鷲辻に出る。尾鷲辻から次の牛石ケ原までは、およそ900mの小石をばらまいたような山道が続く。一昨年は、この付近で野生の鹿の群れを見かけた。今回は一頭の鹿も見かけなかった。 牛石ケ原には三つのものがある。ミヤコザサの平原に住む魔物を封じ込めたと伝えられる牛石と、御手洗池と、弓の先に八咫烏を止まらせ、右手をかざして遠くを見やる神武天皇の銅像である。 日本人はよほど銅像を建てるのが好きらしい。だが、皇国史観が風靡した戦前ならいざ知らず、21世紀の現在にこのような場所で架空とされる天皇像に遭遇するとは、全く場違いな感じがした。 |
大蛇ー(だいじゃぐら)の展望台
牛石ケ原からおよそ300mほどで大蛇ーの崖っぷちに着く。途中の林の様子がこのあたりまで来ると変わってくる。立ち枯れした木々は目立たなくなり、その代わりにトウヒやウラジロモミの若い木が生い茂っている。幹を見ると、鹿に樹皮をはぎ取られないように、しっかりと金網で防護されている。
崖の淵に設けられた巨岩の展望台に到達すれば、眼前に屏風のように立ちはだかる雄大な大峰連山の山々を眺めることができる。落下防止のために崖の淵に巡らされた鉄の鎖まで進めば、千尋の谷底を見下ろすこともできる。己が今どのような場所にいるのかは、右手に見えるセイローを眺めれば理解できる。垂直に切り立った崖っぷちに立っていることがよく分かる。
大蛇ーの展望台は、実は足場がよくはない。高所恐怖症の筆者は両手をついて這うようにして展望台の先端にたどりついた。立ち上がって雄大なパノラマをデジカメに撮影しようとしたら、カメラのバッテリが切れているのに気づいた。そのままの姿勢でスペアと交換した。こんな状態で立っているとき、谷底から突風でも吹き上げてきたら、ひとたまりもなく谷底へ吹き飛ばされるに違いない。そう思っただけで、両足にガクガク震えがきた。
途中で木陰に隠れるように咲いている紫の草花を見つけた。本日見かけた唯一の草花である。一面にミヤコザサが生い茂る大台ヶ原では、それほど多くの草花を見かけることはない。デジカメに撮影した映像を友人に見せたら「トリカブト」だと教えてくれた、花の形が兜に似ていて、葉に触れただけでもかぶれるほど毒性が強い草だそうだ。 ビジターセンターで購入した「東大台ヶ原自然観察路」のマップによれば、本日歩いたコースは、日出ケ岳と大蛇ーの2つのビューポイントを押さえた「みごたえ充分コース」と言うそうだ。総距離数8.8km、普通に歩けば約3時間40分で踏破できるコースである。 |