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昨晩遅く、さわらび通信をハンドルするさわらびY(ゆみ)さんからメールが届いた。日本考古学協会会員の鈴木正博氏からの連絡では、馬場小室山(ばんばおむろやま)遺跡の跡地を宅地分譲している業者が、造成した後の残土を見沼たんぼに捨てているとのことだ。そこには、土器片が散乱しているので、その現場の様子を視察してレポートして欲しいというのだ。 実は、今年の1月30日、わらびゆみさんから「1.30馬場小室山遺跡と出会うちょっとリッチな集い」への誘いを受けた。その集いに参加したとき、馬場小室山遺跡に立ち寄ったが、そのとき以来現場を訪れていない。その後の様子を知りたかったので、今日あたり出かけてみる積もりでいたところへ、タイミングよく彼女からの依頼が来た訳である。 以下は、本日訪れた馬場小室山遺跡の現場とその残土を捨てた現場の姿をカメラで捉えた映像とともにお伝えする。 |
遺跡保存のことなど念頭に無かった樹木伐採作業
馬場小室山遺跡は自宅から近い。車を15分も走らせれば、さいたま市立三室中学校の前に到着する。遺跡は中学校の裏手にある住宅街の中の里山に埋まっている。中学校の前で車を止めると、拡声器を通して生徒たちの歌声が響いてきた。今日はこの中学校の卒業式だった。校門に立てかけられた看板を見ると、「卒業証書授与式」となっていた。最近は卒業式とは言わないようだ。 校舎の裏手に回ると、里山に沿って地元の飯塚邦明氏が立てた看板がずらりと並んでいる。飯塚氏はばんばおむろ山というホームページを立ち上げて、「馬場小室山」の保全運動の先頭にたっておられる御仁だ。昨年までは緑の樹木に覆われていた里山の一画が宅地開発業者の手に渡り、造成区画も完了して、分譲地販売の幟がはためいている。もっとも地鎮祭が行われた様子のある区画はまだ一つしかなかった。 この分譲地の地下には、昨年9月30日をもって強制的に発掘調査の打ち切りを命じられた馬場小室山遺跡の一部が、埋め戻されて眠っている。おそらくは二度と白日のもとに曝されることのない縄文人たちの生活の跡である。
その中で、鈴木氏は馬場小室山遺跡の市有地破壊の新たな現状認識と「行政の責任」の必要性と緊急性を報告すると共に、史跡指定予定地を含む馬場小室山遺跡の保護の推進に向けての要望及び質問をぶっつけ、3/3(木)までに誠意ある回答と迅速な是正措置を要望された。 これに対して、さいたま市教育委員会の教育長からは3月3日付けで実に簡単な回答が返されただけである。その中で言及しているさいたま市長の「里山景観の保全について」の回答では、宅地造成業者から「私有地の樹木が宅地造成敷地にはみ出しているため、宅地建設前に樹木を切ってもらいたい」との依頼があり、双方立ち会いの現地確認によって指定樹木を決定して伐採した。その際、作業工程上、樹木が私有地の外に倒れないようにするため必要最小限度の重機を使ったとのことである。 だが、官庁の通達ほど当てにならないものはない。自分たちの目で直接確かめてみるまでは信用できない。造成地と市有地の境界線に立ってみると、鈴木氏の怒りが十分に理解できた。確かに造成地を覆う可能性がある大木や竹が伐採されていて、以前とはずいぶんと周囲が明るくなった気がする。だが、問題があった。重機を入れた跡が一直線に「環状盛土遺構」の方向に延びている。 写真Cを拡大して見て欲しい。以前は斜めに里山に登っていく道などなかった。これは重機が踏みにじった跡である。しかもかなり奥まで続いていて、周囲の木々が伐採されている。以前は鬱蒼としていた茂みが、今はスケスケに明るい。素人判断ながら、境界線付近にある樹木を伐採するのに、重機をこれほど市有地の奥深くまで入れる必要があったとは、どうしても思えない。地下に貴重な遺跡が残っていることに細心の注意を払われたなら、これほど粗雑で乱暴な作業を行なうことはできなかったはずである。おそらく、業者に任せきりにして、教育委員会など誰も立ち会わなかったと思われても仕方がない。
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