橿原日記 平成16年11月20日

「大化改新」トークショーと幻の古代芸能「伎楽」への誘い



年正月に放映されるNHK古代史ドラマスペシャルは「大化改新」だそうだ。その出演者などによるドラマの見所や製作現場の苦労話などのトークショーが、桜井市民会館であるという。トークショーの後には、「幻の古代芸能”伎楽”への誘い」という別の催しもあり、天理大学雅楽部が伎楽を上演してくれるそうだ。いずれも興味あるテーマだったので、友人のT.Y氏を誘って、午後から桜井市民会館に出かけた。



若き日の鎌足と入鹿の心の軌跡を辿ったドラマ仕立て?

ああああ

西暦645年、天皇家をもしのぐ強大な政治勢力を誇示する蘇我本宗家が、中大兄皇子(なかのおおえのみこ)や中臣鎌足(なかとみのかまたり)らを中心とするクーデターによって滅ぼされた。そのクーデターに端を発して実施された、中央集権政治を目指す一連の改革を「大化改新」と呼んでいる。だが『日本書紀』の記述通りに改新政治が行われたかどうかは、疑問な点もある。「大化改新」はなかったとする説もある。

にはともあれ、板蓋宮で決行された蘇我入鹿(そがのいるか)誅殺は、「大化改新」のハイライトシーンと言って良い。『日本書紀』の編者は、まるで現場に居合わせたように当日の事件の推移をリアルに描かれている。

たがって、最大のクライマックスを入鹿誅殺の場面に持って行くために、どんなドラマの構成になるのか興味があった。トークショーでは、脚本家の池端俊策氏、政策統括・演出の片岡敬司氏、それに漢直(あやのあたい)役の大八木淳史が出演した。予告編や出演者の横顔をスクリーンで映し出しながら、制作のさまざまな裏話を話してくれた。

臣鎌足の伝記とも言える「藤氏家伝」(「大職冠伝」ともいう)では、唐から帰国した僧旻(みん)の私塾で鎌足と入鹿が共に学び、鎌足の業績を讃えた藤原氏も、入鹿が極めて優秀であったことを認めている。この点に着目した脚本家の池端氏は、二人を仲の良い同級生として捕らえ、夢多き青年の青春ドラマに仕立てているようだ。

ああああ
空の女性の車持与志古(くるまもちのよしこ)が、二人の幼なじみとして登場するらしく、彼女を巡って鎌足と入鹿は恋敵にもなるという。歴史ドラマの脚本では、架空の人物や架空の出来事を組み込むことで、よりいっそう歴史の真実に迫ることができる。だが、その手法を間違うと薄っぺらいドラマに終わってしまう可能性もある。

際のドラマを見るまで、この作品の評価はさだまらない。だが、演出家の片岡氏の言葉が気になった。正月休みのゴールデンアワーに放映を予定しているため、家族みんなで楽しめるドラマ仕立てになっているとのことだ。娯楽性を重視するあまりに、史実の持つ重みが伝わらないドラマになっていないか心配だ。本来ならば、大化改新の主役は中大兄皇子のはずであるが、このドラマではどうも脇役にされているようだ。中大兄皇子をキーマンとすることで、別のストーリ作りもまた可能であろう。


  写真は、NHK作成パンフより転載


伎楽は西暦612年に我が国に伝えられた仮面舞踊劇

チケット
「幻の古代芸能”伎楽”への誘い」では、奈良大学教授の上野誠氏の「古代の芸能と万葉集」と題する講演があり、その後に「伎楽」の公演がプログラムされていた。公演は天理大学雅楽部の「伎楽」上演と、桜井市立桜井小学校と南小学校の6年生の児童による「伎楽」体験だった。公演に先立ち、天理大学教授佐藤浩司氏が簡単に「伎楽とは何か」を説明してくれた。

楽とは、一口に言えば、古代に我が国に伝えられた仮面舞踊劇である。『日本書紀』は今から1392年前の推古天皇20年(612)、百済人の味摩之(みまし)が呉の国で習った伎楽を我が国に伝え、桜井に住んで少年を集め伎楽の舞を教えたと記している。

「土舞台」の碑
「土舞台」の碑
摩之が伝えた伎楽は呉楽(くれのうたまい)とも呼ばれ、当時の為政者だった聖徳太子に奨励されて、飛鳥寺に伎楽団が置かれたという。味摩之は真野首弟子(まののおびと・でし)と新漢済文(いまきのあやのさいもん)の2人に教えた。

人に伎楽を教えた場所が、「土舞台」として今でも桜井市に残っている。桜井市立桜井小学校に隣接する公園の一画に位置し、「土舞台」の碑が建っている。我が国最初の「国立演劇研究所」あるいは「国立劇場」とも言うべき場所で、「日本芸能発祥の地」として知られている。

「伎楽」上演
天理大学雅楽部の「伎楽」上演 − 行道
「伎楽」上演
天理大学雅楽部の「伎楽」上演 − 獅子奮迅
楽は主に寺院の仏教行事で演じられたが、外国使節を慰めるためにも演じられたとのことだ。楽しみとして受け入れられたため、「娯楽」の語源にもなっている。752年の東大寺大仏開眼法要は、伎楽が最高に花開いた時期だった。しかし、その後は伝来文化の日本化の過程で、いつしかその姿が歴史から消えてしまった。現在はわずかに祭礼などに登場する獅子や天狗、猿田彦にその証跡が残っているにすぎない。そのため、伎楽は長い間、幻の天平芸能と言われてきた。

の幻の天平芸能の復元に取り組んだグループがいる。佐藤浩司教授を中心とする天理大学雅楽部の諸君である。しかし、幻の芸能を知る手がかりはほとんどない。10年がかりで面や装束などの道具立てを復元し、演技については古代芸能の作法にのっとりながら、新しい概念を注入したという。

日は、昭和55年(1980)の東大寺昭和大修理落慶法要で初演した演技を中心に、一部を再演してくれた。伎楽の仮面劇は「行道」に始まり「行道」に終わるという。その間に個別的な演技が一貫した筋があるように演じられる。

隊が竜笛や腰鼓などの楽器で演奏するゆったりとした、しかし単調なリズムの繰り返しに合わせて、仮面をつけた人物が静かに舞う姿は、さながら天平の昔へ誘ってくれるようだった。



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