発掘現場を1人訪れる
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| 環状集落の住居跡 |
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| 幾重もの盛土の境目を示すスジ |
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| 遺跡中央の窪み(中央窪地) |
地図で調べてみると、馬場小室山遺跡は意外と自宅から近い。車で15分もあれば行くことができる。幸い、昨日に続いて本日も関東地方は雲一つない秋晴れである。まだ朝の早い時間だったが、さわやかな日差しに誘われて訪れてみることにした。
JR武蔵野線の「東浦和」駅前の道をまっすぐ北に進むと、さいたま市緑区三室の三室中学校が向かって左手にある。遺跡は三室中学校の敷地に隣接する小さな小山の上に位置している。「三室中学校」バス停のある信号から中学校の敷地に沿って住宅街の狭い道を進むと1〜2分ほどで発掘現場の入口にでる。
宅地造成が予定されている小山の頂きはすでに樹木が伐採され、表土を剥いで先日まで発掘調査が行われていたことが一目瞭然の場所に出る。まず驚いたのは、発掘現場に何のシートも被せてなかったことだ。通常、遺跡発掘では、雨水などで発掘状態が変形するのを防ぐためにも、シートで保護してあるのが当たり前だと思ったが、ここではそうなっていない。一昨日まで関東地方は秋の長雨が3日間降り続いた。したがって、柱跡の穴などに若干雨水が残っている箇所がある。いかにも調査が突然中断されたことを印象づける光景である。
発掘調査地の中央にかなり深い穴が2カ所掘られている。おそらく環状盛土遺構の中央の窪み(中央窪地(ちゅうおうくぼち))なのだろう。その窪みに沿って盛土が環状にめぐらされていて、その上に住居の柱穴が無数に点在している。盛土の側壁を見ると、人為的な土木工事が行われた証拠と思われる地層が何重にも重なって見える。
縄文後期から晩期にかけて地球の温暖化によって、東京湾が内陸部まで入り込んできた。だが、この付近は大宮台地だった。その当時から縄文人が集団で生活するのに適した土地だったのだろう。21世紀の現代、このあたりはどんどんと新興住宅が広がっている。さいたま市の教育委員会は縄文の昔よりも、現代の居住空間を優先するのだろうか。保存要求に対してどのような結論を下すのか気になるところである。
【追記】上記の部分で、発掘現場の中央に掘られた2カ所の穴を中央窪地と勝手に推測したが、どうやらそうではないらしい。中央窪地は左手のやや低くなっている竹やぶの中にあり、発掘中の遺跡は環状盛土の一部で、環状はもっと大きいらしい。この追記は「さわらび通信」をハンドルするわらび ゆみ様からのご指摘に基づく。(04/10/11)
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