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| 発掘現場に集まった古代史ファン |
一歩、阿倍山田道に近づく
現在の雷交差点付近は民家が建ち並んでいて、実質的な発掘調査ができないが、その民家の下あたりに小墾田宮があったのでは、と推定されている。しかし、宮は必ず阿倍山田道の北側に位置し、南面して阿倍山田道に接していたと確信している。 小墾田宮が完成して天皇が豊浦宮から遷られたのは、推古11年(603)10月4日のことである。その頃までには、今回の調査区は整地されて何かの公共目的の広場に使われたのではなかろうか。小墾田遷都から5年後、小野妹子に伴われて隋使・裴世清ら13名が来朝した。一行は75匹の飾り馬に迎えられて、海柘榴市(つばきいち)の迎賓館から阿倍山田道を通り、小墾田宮に到着した。75匹もの馬を留めて置くにはかなりのスペースが近くに必要だったはずである。 説明員の話では、こんどの調査区からの出土品の中に、明日香では珍しいものが見つかっているという。須恵器の大型の蓋とやはり須恵器の漏斗形の蓋である。いずれも用途は不明とのことだ。ひょっとしたら、小墾田宮で遠来の客をもてなす席で用いられたものではないかと、筆者はひそかに想像している。 |