地下の特設展示室に設けられたキトラ古墳コーナー
展示室を入ると、発掘中に見つかった銅製の釘隠しや琥珀玉、棺の鐶座(かんざ)金具、金象嵌のある刀飾り具などがガラスケースの中に陳列してある。奥の部屋には、拡大した四神獣の壁画の写真が壁に貼られていた。天井に描かれた星座の写真では、お馴染みの北斗七星や北極星などもしっかり確認できる。1600万画素のデジタルカメラを挿入して撮影した映像だけあって、さすがに十分に見応えのある展示だった。 南壁の朱雀や東壁の獣頭人身像は、漆喰(しっくい)の上にヘラのような道具で、線刻の下書きをしていたことがはっきり分かる。高松塚古墳には使われていない技法で、火災で焼けた法隆寺金堂壁画(八世紀)に使われた技法らしい。
面白かったのは、発掘作業中に作業員が壁画に絶対接触しないように考案された作業ケースである。数本のポールを組み立てて、その間に透明なプラスチックをはめ込んだ箱は、底だけが開いていて、石室内に蓄積した土壌を掻き出すことができる。しかも、作業員は完全な防塵服をまとい腹這いになって作業を行なったはずだ。古代の絵師が味わった窮屈さを、現代の作業員もおそらく味わったにちがいない。 |
キトラ古墳の青竜などの壁画は石室外で修復することに決定
いずれの発見も、その都度マスコミの話題を誘った。飛鳥地方では高松塚古墳に続く2例目の彩色壁画古墳として、その知名度は抜群に高い。まだ発掘調査が実施される前の2000年に、はやばやと専門家からなる「キトラ古墳周辺地区基本計画委員会」を設置された。そして、施設計画や管理運営計画などについて検討が加えられている。
覆屋は2003年8月に完成した。ところが、墳丘面に白カビが発生しているのが発見された。その対策に追われ、 壁画を保存処理するための発掘調査が開始されたのは、2004年1月26日になってからである。当初の予定よりも4ヶ月遅れての調査開始だった。 6月の床面発掘調査で、琥珀玉2点や金象嵌の刀装具などが見つかった。被葬者が身につけていた冠や腰飾りなどの装飾品の一部と推察されている。さらに、床に堆積した流入土からは、十数点の骨片や歯が見つかった。歯の分析から、被葬者は40代から50代の熟年、あるいは60代以上の老人と想定されている。ただし、男女の判別は今のところ決定していない。 現在のキトラ古墳にとって最大の問題は、壁画の保存対策である。今までの調査で、漆喰の剥離が当初の予想よりはるかに激しく、早急に手を打つ必要が生じてきた。文化庁の調査研究委はその対策を検討してきたが、去る6月12日、剥離が激しい青竜(東壁)、白虎(西壁)「戌(いぬ)」とみられる十二支像(西壁)および「亥(い)」とみられる十二支像(北壁)など一部を壁石から取り外し、石室外で修復することを決めた。8月上旬にも着手するという。 石室から出した後の恒久的な保存策や、他の壁画への対応については、結論を持ち越したままの状態にある。願わくば、トーチカを思わす現在の高松塚古墳のような保存方法は止めて貰いたい。重要なのは古墳そのものではない。石室の壁に描かれた彩色壁画が重要なのであって、壁画だけを保存すれば良いのであれば、さまざまな方法が可能であろう。 【追記】6月27日、文化庁は壁画修復のためのはぎ取り作業を8月2日に着手すると発表した。最初にはぎ取るのは、面積が小さい西壁の「戌(い)」の十二支像で、レーヨン紙を張って表打ちした後、既存のひび割れを利用して石材から外す。取り外した壁画は、墳丘の保存施設で冷蔵庫に保管した後、奈良文化材研究所で修復する。 「戌(い)」の十二支像の次に、最も剥離の大きい「青竜」(東壁)のはぎ取り準備にかかり、8月11日には取り外しを終える。「白虎」に関しては、9月7日のはぎ取りを予定しているという。(04/07/28) |