名前を「史」から「不比等(」に変えた男の子孫と関係者の集い
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| 藤原不比等像 |
■ 自分に匹敵するほどこの世を変革できる人物など誰もいない。今から1300年前、そう考えて不遜にも自分の名前を変えた男がいる。その名を藤原不比等(ふじわらのふひと)という。日本の基礎を作り上げた人物として、歴史学者からは不比等の評価が高い。それでいながら、まるで政治フィクサーのような存在だ。政治の表舞台にはあまり登場せず、彼の実像や業績はいまだに謎の部分が多い。
■ 藤原不比等は「大宝律令」の編纂や「平城京」遷都などで、現代の日本につながる律令国家の骨組みを作りあげた人物とされている。しかし知名度は、「大化改新」の功労者である父の中臣鎌足(なかとみのかまたり)ほどは高くはない。折から今年は平城遷都1300年祭で、奈良県ではさまざまな記念行事が催されている。これを機会に、不比等の子孫たちや関係者を一同に会して、不比等の業績を顕彰しようではないか。そう考えた人物がいる。春日大社の宮司・花山院 弘匡(かさんのいん ひろただ)氏だ。
■ 花山院氏の呼びかけで、「子孫が語る藤原不比等公」と題する春日大社主催のシンポジウムが企画された。「平城京」創建に大きな役割を果たした藤原不比等をテーマに、不比等の子孫や奈良の社寺の代表が集い、「平城京」を中心に育まれた文化などについて大いに語ろうというのがその趣旨である。日時は本日の6月2日、午後1時開場、1時半開始。場所は奈良県文化会館国際ホール。募集人数1200。筆者は埼玉の自宅に戻っていて、このシンポジウムの開催予告について何も知らなかった。だが、友人のサンチョ君が参加申し込みをしてくれていた。
■ そのサンチョ君から一昨日メールが届き、参加者多数のため開場を正午に早めると春日神社からハガキで通知してきたという。そして奈良行きの時間を早めようかと聞いてきた。すでに予約番号を貰っているなら、それほど急ぐこともないだろう、1時間も前に会場に着けばよいのでは・・・と答えておいた。
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| 会場となった奈良県文化会館 |
国際ホールの受付風景 |
■ ところが、12時半に会場に着いてみて驚いた。1階の席はほぼ埋まっており、二人並んで座れる空席は、舞台の袖に近い所しかない。やむを得ずその席に坐ることにしたが、主催者側に開場を1時間早めた理由を聞いてみた。すると、開場前から炎天下に長蛇の列ができることが十分予想され、せっかくお越しいただいた皆さんにそんな不自由はおかけできない、そのため時間を早めたとのことだった。幸い、開演前に二階席も解放されることになったので、そちらの最前列に移った。
■ 今朝のテレビは、鳩山内閣総理大臣と小沢民主党幹事長が辞意を表明したというニュースを流していた。昨年の夏の衆議院選では、国民は国の舵取りを民主党に付託したのに、相変わらずの「金と政治」の問題で国民の支持を失い、米軍基地移転の問題での鳩山首相の迷走ぶりで、国民はすっかり民主党政権にサジを投げてしまった。辞任して当たり前である。
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| パネルディスカッションの会場風景 |
■ 我が国には、議員という立場を利用して蓄財を図る「政治屋」はいても、国家百年の大計を立てて国の舵取りができる「政治家」はいない。1300年前の大”政治家”藤原不比等は、資質の点で現代の政治屋と何がちがうのだろうか。そんな興味を抱きながら会場入りした。受付で渡されたプログラムに、パネルディスカッションのパネラーが紹介されていた。その陣容と経歴を見て驚いた。以下のそうそうたるメンバーが名を連ねていた。
<パネラー>
・神宮大宮司 鷹司 尚武(たかつかさ なおたけ)氏
・東大寺別当 北河原 公敬(きたかわら こうけい)氏
・興福寺貫首 多川 俊映(たかわ しゅんえい)氏
・春日大社宮司 花山院 弘匡(かさんのいん ひろただ)氏
・奈良国立博物館館長 湯山 賢一(ゆやま けんいち)氏
<司会>
・京都女子大学教授 瀧浪 貞子(たきなみ さだこ)氏
■ 鷹司家は藤原北家の嫡流である。鷹司尚武氏は、昭和天皇の三女で神宮祭主も務めた故鷹司和子さんの養子。1972年に慶応大大学院修士課程修了後、NECなどを経て、2003年からNEC通信システム社長を務められた。2007年退任され、同年伊勢神宮の大宮司に就任された。
■ 花山院家は藤原北家の清華家の一つで、花山院弘匡氏は花山院家の嫡流をつぐ第33代目当主である。春日大社宮司としては明治以降第11代目にあたられる。不比等の子孫としてはこのお二人だが、東大寺別当の北河原公敬氏や興福寺貫首の多川俊映氏も、宗教家として奈良時代の仏教に造詣が深い。奈良国立博物館館長の湯山賢氏も同様である。パネラーの皆さんからは、専門の歴史学者とはまた違った視点から不比等像を語って頂けものと楽しみだった。
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