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| 開花の時期を迎えた「古代蓮の里」の行田蓮(ぎょうだはす)(2009/06/28 撮影) |
平和の象徴として各地に根分けされた古代の大賀蓮と行田蓮
古代蓮としては、1951年(昭和26年)に千葉県検見川の泥炭層から発見された3粒の蓮の実を、植物学者の大賀一郎博士(1863 - 1965)が発芽・開花させた大賀蓮が有名だ。1947年(昭和22年)当事、東京都は東京大学の検見川厚生農場の一部を借り受けて草炭の採掘を行っていたが、その採掘現場から1隻の丸木船と6本の櫂が見つかった。その後の調査でも2隻の丸木舟と蓮の果托などが発掘され、落合遺跡と名付けられた。 植物学者でハスの権威者でもある大賀博士は、発掘品の中に蓮の果托があることを知り、1951年(昭和26年)3月から地元の小・中学生や一般市民などのボランティアの協力を得てこの遺跡の発掘調査を行い、地下約6mの泥炭層から3粒の蓮の実を採取することができた。
大賀博士は、年代を明確にするため、ハスの実の上方層で発掘された丸木舟の破片をシカゴ大学原子核研究所へ送り年代測定を依頼した。放射性炭素年代測定が行われ、蓮の実は今から2000年前の弥生時代以前のものであることが判明した。そのため、大賀蓮は2000年蓮とも呼ばれ、日本各地はもちろん世界各国に平和のシンボルとして根分けされている。 行田蓮は大賀蓮に遅れること21年目で発見されたが、地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土して、自然発芽し一斉に開花した事は極めて珍しいこととされている。現在、「古代蓮の里」では4カ所の池で行田蓮を育てている。開花時期になると、その可憐ないにしえの花を見ようと、早朝から大勢の人々がカメラを片手に集まってくる。
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あわてて仕入れた蓮の花雑学
8年前の平成13年に「古代蓮の里」に古代蓮会館が完成し、そのとき付属施設として展望台も作られた。地上50mから大自然のパノラマが360度展望できるというキャッチコピーがついた展望台だが、「古代蓮の里」が近くなれば、逆にどこからでもこの展望台を遠望することができる。
古代インドでは、蓮は紀元前から各地で豊饒なイメージで捉えられ、生命を生み出す根本と考えられていたようだ。ペシャワルから出土したインダス文明期の女神(母神)像(ボストン美術館蔵)は頭に蓮の飾りをつけているという。また、ヒンドゥー教の神話やヴェーダやプラーナ聖典などでも、蓮は特徴的なシンボルとして繰り返し用いられているとのことだ。 インドで仏教が誕生すると、蓮は極楽浄土を象徴する神聖な花として扱われるようになった。そのため、釈尊が蓮の花すなわち蓮華の上で瞑想する絵が描かれたり、蓮華をかたどった台座に仏像を乗せたり、あるいは、厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしている。また、主に寺院で仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれている。 古代エジプトでも、蓮は神聖な花としてツタンカーメン王などの墓の出土品には、装飾モチーフに用いられている。エジプトの王オシリスに捧げられた花も蓮である。オシリスは良くしゃべる雄弁な王だったので、蓮に「雄弁」という花言葉がつけられたようだ。「雄弁」の他に、「休養」「沈着」「神聖」「清らかな心」「離れゆく愛」なども、蓮の花言葉とされている。
「蓮の花は、夜明け頃ポンと音を立てて開花するようよ」
途中で一度道を間違えたが、何とか7時前に「古代蓮の里」の北駐車場に車を入れることができた。すでに駐車場の半分はマイカーで埋まっていた。ずいぶん早くからの来訪者が多いようだ。後で巨大な望遠レンズを向けてファインダを覗き込んでいるアマチュアカメラマンに聞いてみると、午前4時ごろから来ているとのことだ。蓮が開く決定的な瞬間をカメラにおさめたかったようだ。 古代蓮の池には木道が設置されていて、見学者は池の中をめぐりながら、近く遠くに花開く蓮を撮影している。そんな人々に混じって、小生のデジカメで撮影したのが上に掲げたスナップである。
追記
今回、開花した古代蓮を真上から見下ろしてみて、蓮華紋軒丸瓦の瓦頭が蓮の花をイメージしたものであることがよく分かった。実際の行田蓮は、花弁の数が瓦より多く13〜18枚で。その中央に位置する果托に配される実の数も瓦のそれより遙かに多い。だが、完全に開ききった蓮の花を真上から見たイメージを簡略化すれば、古代の軒丸瓦のデザインになる。 インターネットには樹葉ももさんの「ひとしひとひら」というホームページが公開されていて、そこに古代瓦に関する分かりやすい解説が記されている。それによれば、飛鳥寺創建時に焼かれた軒丸瓦は2種類あり、蓮弁の形から大まかに「星組」と「花組」に区別されているそうだ。 宝塚歌劇団の組の名前のような分類は、もちろん便宜的な区分なのだろうが、蓮弁の形が綺麗に花びらのようになっているものが「花組」、蓮弁の先端に珠点のあるものを「星組」だそうだ。「花組」と「星組」は、この他にも製作技術に多少の違いが認められるため、造瓦に関わるこの二組の集団があったと想定されている。
樹葉ももさんの解説によれば、制作技術の多少の違いから、「花組」の瓦は少し赤っぽく、「星組」の瓦は灰色をしているという。 飛鳥寺の南東に、「飛鳥寺瓦窯跡」と呼ばれる窯跡がある。「花組」の瓦はここで造られたようだ。「星組」の瓦は別の場所で焼かれたようだが、その窯跡は特定されていない。 |
世界各地から集められ世界の蓮園を彩る40種の蓮の花たち蓮の花の命は短い。早朝より咲き始め、昼頃には閉じてしまう。3日間開閉を繰り返し、4日目の午後にはすべての花弁が散ってしまう。したがって、古代蓮池では、開花を待つ蕾(つぼみ)の状態や、時間を追って開花していく花、花びらを散らして果托だけが残っているものなど、さまざまな形態が一度に見ることができる。 行田蓮の幾分濃いめのピンク色の花びらが風にそよぐ姿は、いかにも典雅である。だが、蓮の花びらはすべてピンク系とは限らない。世界には白や黄色のものもある。また一重だけでなく、何重にも花弁を重ねるものもある。そうした世界の蓮が「古代蓮の里」に入口付近にある「世界の蓮園」で楽しむことができる。この蓮園には世界および国内各地から40種の蓮が集められている。その一部を以下で紹介しておこう。
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