飛鳥美人だけでなく、古墳自身も予期せぬ悲しい運命に泣いている
近鉄吉野線の「飛鳥」駅前に、近隣の農家が栽培した野菜を廉価で販売している「道の駅」がある。品物が豊富な上に安いとあって、なかなか評判が良い。朝9時が開店だが、開店前から買い物客が集まってくる。近くの小料理屋などを経営する業者なども買い付けにくるという。
筆者も、朝の運動を兼ねて自転車でときどきこの道の駅を訪れる。飛鳥美人で知られる高松塚古墳は、道の駅から近い。裏道を利用すれば簡単にアクセスできる。本日は、連日の暑さ対策に西瓜を買いに来たついでに、久しぶりに古墳を訪れることにした。
壁画・石材の修理を行っている修理作業室が、今年の5月31日から6月8日の9日間一般公開された。来場者は、1972年の壁画発見以来初めて実物の壁画を窓越しに見学することができた。この見学には往復葉書による事前申し込みが必要だった。筆者も申し込んだが、残念ながら選に外れた。文化庁の発表によれば、来場者は9日間で3,763人に達したとのことだ。 高松塚古墳は、1972年3月1日に発掘調査が開始された。3週間後の3月21日に我が国最初の極彩色壁画が発見されると、”世紀の大発見”と全国的なフィーバーを巻き起こした。この発掘の事業主体は明日香村であり、実際の発掘を担当したのは橿原考古学研究所だった。しかし、壁画の重要性を鑑み、古墳の維持保存が全面的に国に移管された。そして、古墳は1973年4月23日に早々と特別史跡に指定され、さらに極彩色壁画だけは1974年4月17日に単独で国宝に指定された。
高松塚古墳が再び世間の耳目を集めるようになったのは、2004年6月になってからである。カビの大量発生で壁画が退色・変色してしまっていることが、出版された写真集によって暴露されてしまった。しかも、文化庁は、そうした事実を知りながら壁画が発掘当時のまま維持されているとして、情報を公開して来なかった。もっと早く手を打つことができた機会が、残念ながらお役所仕事特有の情報非公開と隠蔽体質によってを失わせてしまった。
そこで、文化庁は早々と国宝の壁画が描かれた石室を解体し、壁画を保存修理する方針を決定し、そして石室解体という前代未聞の文化財破壊を行なった。それが、貴重な壁画の保存に残された唯一の手段だったと文化庁は言う。だが、封土を剥がされ、石室を解体された古墳など、もはや文化遺産でもなんでもない。高松塚古墳は、今や我が国文化行政の未熟さとその失態を如実に物語ってくれる現代史の遺構にすぎない。 今月初め、「高松塚壁画の劣化原因調査検討会」が組織され活動を開始したことを新聞紙上で知った。壁画劣化の真犯人を究明する目的で、さまざまな調査をするとのことだ。言われてみれば、ここ二年ほど石室解体が話題の中心で、肝心の壁画劣化の究明は埒外にあった。ようやく軌道修正されて、本題に戻ったようなものだ。そのため、筆者はあらためて高松塚古墳の現状を見ておきたいと思うようになった。 壁画劣化は”人災”だったと、筆者は思っている。担当者の調査日誌から、保存施設と石室のすき間で大量の黒いカビが発見されたとき、文化庁関係者が防護服未着用のまま石室に出入りしたことがすでに判明している。検査担当者の定期的な石室への出入りの他にも、公表されないかなり多くの人数が石室に入ったことも明らかになっている。こうしたずさんな管理体制が、カビの大量発生を助長したにちがいない。 だが、文化庁では、(1)度重なる東南海・南海地震により墳丘の亀裂や石室がずれたこと、(2)石室のすき間からカビを運ぶダニなどが侵入したことで、カビやバクテリアが壁画に大発生したと想定しているようだ。地球温暖化による石室内の温度上昇が追い打ちをかけたとの見方もあるようだ。要は、壁画劣化の原因が人災だったという世間の非難を少しでも避けたいという思惑が見え隠れする。
この保存施設は古墳の前面に設置されている。初めて高松塚古墳を訪れた観光客は、トーチカに似た設備が古墳の正面に位置するのを見て驚いたに違いない。筆者自身も初めて高松塚古墳を見たとき、「何だ、これは!」と思わず絶句した。およそ場違いな印象を与え続けてきたこの施設は、下部が機械室、上部が石室の前部となっている。石室内の壁画はこの空調設備によって完全に保存維持されているものと誰もが信じていた。だが、この施設は検査担当者が石室に入るために、前室の温度と湿度を石室内のそれと同じに保つために過ぎなかった。石室内の空調は実質的になにもされていなかったのだ。
調査後、虎塚古墳の石室はだたちに封鎖された。石室の前に築かれた監察室は、上記の科学調査で得られた重要な記録をもとに設計・施工され、春と秋の二回、監察室のガラス越しに石室の内部が一般公開されている。また空調設備によって、石室内の気温は年間を通じて約15度、湿度は90%以上に保たれている。そのため、色彩壁画の保存状態は現在も良好であるという。この二つの古墳の運命を変えたのは、何だったのだろうか。 佐古和枝・関西外大教授(考古学)は、「虎塚が発見当初の状態を保つのは、地元の人が保存にかかわり、年2回の一般公開が保存に対する緊張感を高めているから」と指摘されておられるそうだ。一部関係者に限られた高松塚について「壁画を人々から遠い存在にしてしまったことも劣化の背景にある」とのお考えだ。当然の指摘である。高松塚古墳はずさんな文化庁の管理の犠牲となり、貴重な石室壁画だけでなく、被葬者の霊が住み着いた古墳そのものまで破壊してしまった。 |