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| 岩湧山の山頂から見下ろした大阪平野。遙か彼方にPLの塔が見える。 (撮影 2007/10/24) |
岩湧山登山口から岩湧山の山頂まで 「滝畑ダム」バス停−(4km)−岩湧山頂
登山口から登攀を開始したハイカーを確認すると、4人組の男性パーティ、3人組の女性パーティ、友達同士で来た女性2人連れ、一組の老夫婦、それに筆者の合計11人である。いずれも年配でバスの同乗者だった。9時45分、彼らの最後について登ることにした。
その後も木段の上りが続き、15分も歩いていないのに、噴き出した汗で下着がビッショリ濡れてきた。
カキザコから先は、しばらく見通しが効くなだらかな坂道が続く。
再び植林の中の木段があり、それを上りきると植林が切れて灌木の中に紅葉を始めた木々があった。
案内板の説明によれば、岩湧山頂一帯は別名”キトラ”と呼ばれる滝畑住民の区有地で、日本を代表するカヤ(茅、萱)の宝庫だそうだ。カヤは一般に屋根葺きや炭俵、スダレなどに使われるイネ科の多年草(ススキの一種)で、オンガヤとメンガヤに大別される。
そのため、岩湧山茅山保全協議会では、このカヤを文化庁に提供すべく、カヤ場の保全およびカヤの品質向上に努めているとのことだ。我々は単にススキが原と呼んでいるが、正確な言い方をすれば「カヤ場」と呼ぶべきかもしれない。
山頂広場の片隅にパノラマ案内と山頂を示す標高897.7mの標識が立っている。広場の中央には東西南北方向に眺めることができる主要な山や市街地を示した四角の表示が置かれていた。周囲のススキが伸びて眺望があまり効かないが、ベンチの上に立って眺める景観はさすがだ。 ベンチや周囲の草むらでは、かなり多くのハイカーたちが昼食を取り始めていた。滝畑方面から登山してきたハイカーは11人だったから、我々より早く上ってきたか、あるいは反対方向の金剛山からダイトレを歩いてきたハイカーたちなのだろう。平日にしては多い数だ、とダイトレの常連とおぼしき男が友人に話していた。
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岩湧山頂上から紀見峠駅まで 岩湧山頂上−(2km)−五ツ辻−(3km)−越ケ滝分岐−2.5km)−紀見峠駅
12時25分、山頂広場を後にして、ダイトレを紀見峠方面に向かって歩き出した。相変わらずススキが原が続く。しかも、下り坂ではなく上り坂である。実際の山頂は、広場からすこし上った所にあった。そこを過ぎると、ススキが原の中を道が下っていく。
段差をつけるために横木を渡しただけの木段は、坂道にとっては不可欠な施設だが、結構歩きづらい。その証拠に木道の横をハイカー達が歩いて、いつの間にか地道の歩道ができあがっている。
岩湧寺への正式のルートはもう少し先の「いわわきの道」である。現在の標識のところからも分岐して行けるが、どうもショートカットの急坂の道らしい。 岩湧寺は、時間が許すなら立ち寄って見たい寺だ。だが、ダイトレから分岐して2キロの下り道を歩かなければならない。下るだけで40分を要するとのことだ。同じ道を上って戻ってくるとすれば、さらにその倍の時間は覚悟しなければならない。時間を計算して今回はあきらめることにした。
坂道の途中で後ろを振り返ると、天に続く階段のように木段が延びている。逆方向から上ってきたら、おそらく10m上るごとに小休止を取らないと上りきれない気がした。そう思いながら、下りていくと逆方向から一人の老婦人がゆっくりと木段を上ってきた。 立ち止まって話をすると、週末に孫達を連れてハイキングを予定しているので、その下見をかねて上ってきた、という。 「どちらから、上ってこられましたか」との問いに、「紀見峠駅」からとの返事が返ってきた。 「ああ、それは大変でしたね。お気をつけて」と通り一遍の返事をして別れたが、このときは、紀見峠駅からの登攀がどれほど厳しいものかは、この時点で何も知らなかった。
岩湧山の頂上を出発してから、ほぼ30分が経過していたので、分岐点の傍のベンチで一息入れた。頂上の広場では30人ほどのハイカーを見かけ、ほとんどは金剛山の方からダイトレを歩いてきたものと思った。だが、岩湧山をここまで下ってきて出会ったのは先ほどの老婦人だけである。前にも後ろにも絶えて人影がない山道を一人歩くのは、一種の気味悪さを感じる。
5ツ辻と言うからには、山道の五差路の交差点にあたる訳だが、ダイトレ以外はどの道がどこへ続いているのかさっぱり分からない。
13時20分、南葛城山方面への標識の所に出た。そのすぐ近くからダイトレはアスファルト舗装された下り坂に変わる。5分も歩くと、アスファルト舗装は切れる。その代わり、道幅が広くなり、車の轍が続いている。森林保安のため、不要な木々を切り倒して運び出す運搬車がこのあたりまで上ってくるのだろう。
ゴールの紀見峠駅付近を流れる川は根古川である。マス釣り場があることで知られる川だが、その源流はどうやらこの付近から流れ出る渓流のようだ。
ここでハイキングコースはダイトレと別れることになる。ダイトレはここから紀見峠を越えて金剛山へ向かうが、岩湧山モデルコースは、ここから一気に山を下って南海りんかんサンラインの紀見峠駅へ向かう。
それに加えて、お世辞にも整備された道とは言えない。大小の石や岩が道路面に散乱し、木段は壊れたり道路に埋まってしまったりしている。途中、数回砂利に足を取られて転びそうになった。 岩湧山モデルコースのゴールは紀見峠駅だが、もちろん逆方向に紀見峠駅を出発点として上ってくることも可能だ。だが標高650m地点までほぼ直線で上る坂道など、小生にはとてもできない。 約15分ほどかかって急な坂道を下り、やっと少し平坦な坂道にかかったと思ったが、その先がまた厳しかった。コンクリートで舗装された急坂が、滑り止めにほの20cm間隔で溝が切ってある。この歩きにくい急坂も長々と続いた。
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