亀石(かめいし)何のために作られたのか用途が分からない巨大な石造物

飛鳥観光で子供達に人気が高い亀石

寺領の境界石? 陵墓の亀趺? それとも冥界との結界石? 

 日香村川原には、遊歩道の傍らに飛鳥の謎の石造物の一つがある。以前は橘寺の「西門」から遊歩道をおよそ8分ほど歩かなければならなかったが、最近は、甘樫丘の東麓に築かれた車道が県道155号線(多武峰見瀬線)の交差点から県道209号線(野口平田線)に直結する新道ができたのでアクセスしやすい。

人の手で彫られた亀の目と口
人の手で彫られた亀の目と口
 大な花崗岩の形が亀に似ていることから「亀石」と呼ばれている。一見したところ、自然石を亀に見立てているだけのようにも思えるが、そうではない。下部をよく見ると、亀の目と口の周囲が人の手でちゃんと彫られている。その加工の仕方がいかにも象徴的で、亀が微笑んでいるようにも見える。

 石はとにかく大きい。長さ約4m、幅約2m、高さ約2m、重さはl0トンを越すと言われている。一面畑に囲まれた丘の上に、顔を西南の方向を向けてポツンと置かれている。最初からこの位置にあったのか、それとも何処からか持ってきてここに置いたのか不明である。亀石の存在は古くから知られており、すでに平安時代の永久4年(1116)に作られた「弘福寺寺領申請文書」にも、その名がある。

子供達に人気のある飛鳥の名物
子供達に人気のある飛鳥の名物

 時ごろ、何のために作られたのかも一切不明で、謎につつまれたままである。そのため、これまでいろいろな説が出されている。かつて飛鳥京の三大寺の一つとして栄えた川原寺の寺領の境界を示す標石だったという説、中国でよく見かけるような墓石や碑の台石であるという説、飛鳥京の宮殿のある現世のゾーンと陵墓のある冥界との境を画する結界石であるという説、農民が豊作を願ってつくったという説、などである。

 石の用途が不明のせいで、いつの頃からか次のような伝説が語られるようになった。

飛鳥資料館の庭に置かれたレプリカ
飛鳥資料館の庭に置かれたレプリカ
 昔、大和盆地が大きな湖の底に沈んでいた頃、当麻(たいま)の主の蛇と川原の主のナマズが湖を二分して支配していた。あるとき、この蛇とナマズが喧嘩し、湖の支配権をかけて争うことになった。この争いで川原のナマズが負けとなり、湖の水が当麻側にとられてしまった。このため川原側の湖がすっかり干上がってしまい、湖に住んでいた亀が行き場を失ってそのほとんどが死んでしまった。川原の村人たちは、死んだ亀たちを哀れに思い、その霊を慰めるため供養の碑を建てた。それが亀石であるという。

 の言い伝えもある。この巨石はもともと東を向いていたが、世の乱れとともに次第に動いて、現在、西南を向いている。これが西に向いたとき、大和盆地は再び泥沼になってしまう、というのである。

飛鳥に点在する他の石造物 

 鳥地方には、亀石を初めとして様々な石造物が多い。最近の発掘調査で、飛鳥京は石を敷き詰めた多くの施設が散在する「石の都」であったことが明らかになっている。石の都ならば、都を飾る多くの石のモニュメントが作られたと考えるのが自然である。

 造物は建造物である。建造物である以上、何らかの目的をもって作られたはずである。悠久の時の流れが、それを彫刻した石職人やその建造目的、設置場所などさまざまな情報を消し去ってしまった。残された石たちは黙して何も語ってくれない。現代の旅人たちがその前にたたずみ、思索と空想で存在理由の謎を解き明かしてくれるのを、じっと待っているだけだ。 そうした石造物のいくつかを拾ってみよう。

酒船石(さかふないし)

 船石遺跡の中心をなす石造物で、平たい花崗岩の上に丸い窪みや溝を刻まれている。古来、酒の醸造に使われたとか,油を絞ったなど、その用途についてさまざまな説がある。最近では、丘の北麓で発掘された亀形石造物遺構との関連が注目されているが、実体は依然として謎のまま( 酒船石遺跡参照)。




鬼の俎(おにのまないた)鬼の雪隠(おにのせっちん)

 が旅人を捕らえて料理をした鬼の俎と、鬼が用をたした雪隠(トイレ)であるとの伝承を持つ二つの巨石。鬼の俎は遊歩道の上の高台に位置し、鬼の雪隠は滑り落ちた格好で反対側の畑の中にひっくり返っている。 実際には崩壊した横口式石槨の石室(雪隠)と底石(俎)であることは、すでに考古学的に解明されている( 鬼の俎・鬼の雪隠参照)。

鬼の俎 鬼の雪隠

檜隈の猿石(ひのくまのさるいし)

 備姫王墓(きびひめみこのはか)の正面の垣の中に,檜隈の猿石とよばれる花崗岩の石像が4体ある。江戸時代の元禄15年(1702)年、欽明天皇陵の南側の池田から掘り出され墓域内に移された。高さは87〜115cm程度で、4体のうち3体には背面にも顔が彫られている( 吉備姫王墓参照)。

女性(左)と山王(右) 僧(左)と男性(右)
女性(左)と山王(右) 僧(左)と男性(右)

二面石(にめんせき)

橘寺の「二面石」
橘寺の「二面石」
 寺の境内にある石造物。善悪二つの顔が背中合わせになった高さ1mほどの石造で、他で発掘されたものをここへ移してきたという。二面石は、人の心のもち方を表したもので、左が悪面で右が善面とされている( 橘寺参照)。








益田岩船(ますだのいわふね)

 鳥から少し離れるが、橿原市白橿町5丁目の西に位置する岩船山の頂上付近(標高約130m)に、花崗岩の巨大石造物がある。東西の長さ11m、南北の長さ8m、高さ(北側面)4.7mの台形で、頂部分の2カ所に方形の孔がくり抜かれている。用途が分からず謎の石造物とされ、近くに築造された益田池の碑の台石とする説、占星台の基礎説などさまざまな説がある。他から運ばれたと考える人もいるが、そうではなく自然の巨石の路頭を加工したものである。おそらく横口式石槨に形作ってから移動させるつもりだったのだろう。しかし、重量がありすぎて移動が困難と判断し、加工の途中でそのまま放置したというのが実情であろう。




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